6_襲撃

 「気」が見えるようになった琥太郎には、この女性が纏っている「気」もはっきり見えた。それは間違いなく人ではない妖の「気」だった。

 街中には、普通の人間の姿をして人間社会に紛れている妖もいる。通常、人は妖の姿を見る事が出来ない。しかし妖の中には特殊な妖力を用いて、自らの姿を人にも見えるようにする事が出来るものもいる。琥太郎も幼い頃にそうした妖を幾度か見かけた事があった。

 今まで普通の人だと思っていた知り合いが妖だったとなると、さすがにちょっと気になる。いつものように軽く会釈をした後、横目でチラッと女性の横顔を見ながら通り過ぎようとしたところ、その女性が振り返って話しかけてきた。


「おや、お兄さん、今日はなんだか雰囲気が違うねぇ。」


すれ違いざまに妖の女性に突然話しかけられ、琥太郎も振り返る。


「えっ、そっ、そうですか。先週髪の毛を切ったからですかね。」

「フフフ、そういうんじゃないけど…、まあ物騒な世の中だから、外を出歩く時はいろいろ気を付けた方が良いかもね。」

「はい。ご丁寧にどうもありがとうございます。お姉さんもお綺麗な方だからどうぞお気をつけて。」

「ははは。そりゃどうもありがとう。」


とその時、斜め後ろの神田川からテニスボール程の大きさの妖気を帯びた水の弾が2発、凄い勢いで琥太郎に向けて打ち込まれてきた。しかしそれらは琥太郎に当たる直前で、琥太郎を避けるかのように急カーブを描き上空で飛散し消滅した。同時に隣にいた美澪が神田川の柵の手すりに飛び乗り、そのままジャンプして妖気の炎弾を2発、水弾が発射された方角へ向かって空中から放つ。


ウギャッ

ウギャギャッ


声になっていない嗚咽のような叫びが響く。そのまま神田川の岸辺に着地した美澪が、すぐに2匹の河童を両手にぶら下げながら、ジャンプして遊歩道に戻ってきた。2匹とも死んではいないようだが、美澪の妖気炎弾を食らって完全に失神している。


「琥太郎、こいつらどうしようか。このまま私が燃やしちゃってもいいけど。」

「ちょっと美澪、あんまり物騒な事言わないでよ。とにかく、なんでこいつらが襲ってきたのかわからないから、まずは理由を聞いてからにしようよ。」


2匹の河童を倒して、そのままぶら下げて運んできた美澪だが、息が上がる様子もなく何事もなかったかのように見える。完全に河童達とは自力が違うようだ。


「あれあれ…」


横で先程の妖の女性が額に手を当てて、呆れたように2匹の河童を見ていた。


「お姉さん、こいつらの事の知ってるんですか?」

「うん、まあ知り合いってとこだね。こいつらが私の事を慕って勝手に寄ってくるんだけどね。それにしてもお兄さん達、なかなかやるじゃない。しかも、お兄さんはちゃんとこいつらの事が見えるんだね。あっ、でも勘違いしないでね。今のは私がやらせたわけじゃなくて、こいつらが勝手にやった事だから。」

「お姉さんも妖ですよね。さっきは出歩く時に気をつけろって言ってましたけど、何か理由があるんですか。」

「おやっ、お兄さんは私が妖だって事もちゃんと判るのかい。」

「子供の頃はそういうのが判ってたんですけど、長い事判らなくなっちゃってたんです。それが今日また判るようになったところです。」

「ふ~ん、そうかい。こないだまでお兄さんは魔除けのような結界を纏ってたろ。お兄さんの結界に近づくと、気持ち悪くなって頭痛までしてたんだ。それは私だけでなくて、この辺に住む妖みんな同じさ。しかもお兄さんの結界は強力でさ、こちらから攻撃しても全て跳ね返されちゃうらしいんだよ。そんなんだからさあ、この辺の妖達はお兄さんの事を毛嫌いしていて、隙あらばと狙ってたんだよ。私はさっきお兄さんにいつもと雰囲気が違うって言ったろ。今日はいつもの結界の気配をお兄さんから感じなかったからさ、お兄さんを毛嫌いしている妖達に狙われそうだなと思って警告してあげたのさ。まさか目の前でこいつらがいきなり仕掛けるなんてさすがに思わなかったけどね。」


そういうとお姉さんは、気を失って美澪の足元に倒れている2匹の河童の方に歩いていった。2匹の顔を覗き込むと、両手で2匹の頬をかなり強めにバチバチと叩いて2匹を起こした。


「ほらっ、あんた達いつまで寝てるんだい。あんた達がかなうような相手じゃないんだから、今のうちにきちんとあやまっときな。」

「ねっ、姐さん…、すんません。だけど俺たち…、この水虎の嬢ちゃんにやられたのか。」

「ちきしょう、この嬢ちゃんがいなけりゃ、この野郎に1発くらわせてやれたのに。」


ザザッ!


「うわっぁ!」


河童達が再び琥太郎に対して悪意を見せた瞬間、美澪がその河童達に向かって爪でひっかくような動作を行った。すると、河童達の足元に4本の鋭い妖気の斬撃が飛んで、河童達の足元のアスファルトには1cm程の幅の深い溝が4本並んで出来た。


「あっ、危ねえなぁ。何しやがるんだよ。」

「琥太郎を攻撃したり悪く言ったりするのは許さない。それに、琥太郎は私なんかより、ずっとずっとずっとずぅ~っと強いよ。」


 美澪が足元に座ったままの2匹の河童を上から睨んでいる。琥太郎の事をバカにしているのが相当気に食わないらしい。対してこの河童達は女性の言うとおり、琥太郎に対して良からぬ感情を持っているようだ。更に、美澪に一瞬で失神させられたのにも関わらず全く懲りていないように見える。


「おまえら、俺になら勝てると思ってるんだよね。いいよ。好きに攻撃してきて。武器があるなら武器も好きに使っていいよ。」

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