エピローグ
「そろそろ時間ですよ」
厨房の扉が開いて、ノアが姿を現した。
「すぐに行くわ!」
マチルダは作業の手をとめ、慌てて調理台の上を片付けた。
昼食の提供は既に終わり、明日に向けて下準備をしていたのである。
「急がなくて大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」
そう言って笑うノアは元気そうだ。
最近はしっかりと睡眠をとっていることに加え、フィオナが処方する薬を毎日飲んでいるからだろう。
「ルーク様もたぶん、遅刻するでしょうし。先程起こしましたが、うとうとしていらしたので」
「まだ、夜ではありませんものね」
ルークに合わせ、会議の時間を夜にする、という意見も出た。
しかしルーク自身がそれを拒んだのだ。ノアの健康によくない、という理由で。
マチルダはまだ、二人の関係について詳しくは知らない。
でも、これから知っていきたいと思う。
二人のことだけじゃなく、魔王城に住むみんなのことを。
大広間の中央に、大きな円卓が設置された。いくつも椅子が並べてあるが、今はまだ空席ばかりだ。
「全員、そろったわね」
議員はまだ、たった三名だけだ。
フェリックス、ルーク、フィオナである。
「うん。それじゃあ、一回目の会議を始めようか」
フェリックスが言うと、他の二人が頷く。
「今日の議題は、議会のメンバーと役職について」
フェリックスの言葉を、素早くマチルダは紙に書き記す。今のところは、マチルダが書記を務めることになっているのだ。
そして、ルークの横に座るノアにはまだ、ルークの秘書官という肩書しかない。
議会が中心となり、国を運営していく。
そう決めた以上、好き勝手に議員を選定することは許されない。
魔王であるフェリックス、魔王城一の力を持つルーク、そしてエルフ代表のフィオナ。
彼ら以外の議員に関しては、これから慎重に決めていく必要があるのだ。
「まず、議会の定員から決めていこうかと思うんだけど、どうかな」
「儂に異論はない」
「俺も」
二人の言葉に、フェリックスは安心したように息を吐いた。
初めての会議だからと、今朝はとても緊張していましたものね。
二度目のプロポーズ以降、フェリックスとは同じ部屋で過ごしている。今朝も、彼に頭を撫でられて目を覚ましたのだ。
「なあ、ノアは何人くらいがいいと思うんだ?」
「……ルーク様、私は議員ではありませんので」
「いいだろ、別に。俺がノアの意見を聞くだけなんだから」
豪快に笑い出したルークを見て、フェリックスが苦笑した。
彼と目を合わせ、困ったものですわね、と声に出さずに会話する。
「よくありませんよ。会議中ですから」
「なんで、会議中にノアと話しちゃいけないんだ?」
フェリックスは心底不思議そうな顔をしている。
まあ、ルーク様にとっても、これが初めての会議ですものね。
それに、会議のルールだって、まだきちんと決まっていませんし。
魔界にはそもそも、議会という存在すらなかったのだ。
初めから、スムーズに会議が進むなんて思っていない。
全部、これから始まるんだもの。
「せっかくここにいるんだから、ノアも喋っていいだろ。あと、マチルダも」
ルークがおまけのようにマチルダの名を呼ぶと、フェリックスが小さく噴き出した。
「そうだね。せっかくいるのだから」
くすりと笑って、フェリックスに手招きされる。マチルダは躊躇いながらも、フェリックスの隣に座った。
「今日は、堅苦しいのはなしにしようか」
「……そうですわね。まだ、一回目だもの」
千里の道も一歩から、なんて言うが、きっとこれから進まなければならない道は千里以上ある。
けれど確実に、一歩目を踏み出すことはできた。
いつか必ず、みんなと共に理想の国家を作ってみせるわ!
決意を込めて、マチルダは両手の拳をぎゅっと握り締めた。
魔王の生贄になるはずが、魔界で姉御と慕われています 八星 こはく @kohaku__08
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