第17話 二度目のプロポーズ
簡単に食事を済ませた後、二人はフェリックスの部屋へ向かった。
相変わらず簡素な部屋だけれど、机におかれた花瓶には青い花がささっている。
「ノアは無事に回復したよ。まあ、ルークが心配しすぎて、今は屋敷から出してもらえないみたいだけどね」
「まあ……」
「二人とも、すごく君に感謝していた。目を覚ましたら、礼を言いたいと」
「なら、あとで屋敷を訪ねますわ」
屋敷から出られず、ノアは退屈しているだろうか。それとも、満更でもなさそうに笑っているだろうか。
想像するだけで、なんだか愉快な気持ちになった。
「フィオナには魔王城の一室を与えたよ。滞在中の部屋として」
「今も魔王城にいらっしゃるの?」
「ああ。もちろん、強制はしていないけれどね」
フェリックスは少しだけ緊張したような表情になり、マチルダの瞳をじっと見つめた。
「……フェリックス様?」
「君に聞いてほしい話が、二つあるんだ」
「二つ?」
「ああ」
フェリックスは深呼吸をして立ち上がり、机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
それには、議会について、と記されている。
「議会?」
「うん。いろいろと考えてみたんだ。そして、僕なりに出した結論」
「議会を開く、ということですの?」
「そのつもり。それだけで、全部が上手くいくとは思っていないけど」
議会……確かに、いい考えだわ。
ルーク様が協力してくれると言った今、きっとちゃんとした影響力のある議会が作れるもの。
フェリックスは独裁者にはなれないし、なるつもりもないはずだ。
だとすれば、社会を運営する組織作りが必要になる。
そのために、まずは魔王城の魔物たちをまとめようとしていた。そして少しずつ、魔物たちの仲間意識は強まっている。
今ならきっと、次の段階へ進めるはず。
「前々から、みんなの意見を聞く場を設けたいと思っていたんだ。もちろん、まだ考えなきゃいけないことは山ほどある」
「そうですわね。議会と言っても、いろいろありますもの。代表の選び方や議決方法だって、きちんと決めなきゃいけませんわ」
マチルダの暮らしていたセレーヌ王国にも議会はあった。しかし、議会の決定がそのまま国の決定にはならない。
絶対の権力者は王であり、議会は王を手助けするために存在する。
それに、王宮議会には、貴族しか入れなかったわ。
王国には様々な議会が存在した。地方議会や町内議会は平民でも議員になれたが、宮殿で会議を開く王宮議会の議員には貴族しかない。
そして議員を選ぶのは国王、及びその側近である。
いろいろと考えてみたら、人間の社会にだって問題は山積みね。
確かに魔界に比べたら、統制のとれた社会だけれど……。
「うん。だから、君の意見を聞きたくて。人間界には議会があると聞いたから」
「はい。ですが、そのまま参考にするわけには……」
「分かっている。人間界のことも踏まえて、新しい制度を作ろうと思ってるよ」
フェリックスの瞳は、眩しく輝いている。きっと彼の頭の中には、誰もが幸福に生きている、理想のような社会があるのだろう。
やっぱりわたくしも、そんな社会を見てみたいわ。
ううん、見るのよ。フェリックス様と一緒に、新しい社会を作るの。
「今まで通り、全力でお助けしますわ」
「ありがとう、マチルダ。頼もしいよ」
微笑むと、フェリックスは少しの間黙り込んでしまった。
沈黙を不思議に思ったマチルダが口を開きかけたところで、フェリックスに名を呼ばれる。
「マチルダ」
「はい?」
「もう一つ、君に話がある」
そういえば、フェリックスは話が二つあると言っていた。
議会のことで頭がいっぱいになって、忘れちゃってたわ。
でも、もう一つの話って何かしら?
「ここにきた日のこと、覚えてる?」
「ここに? もちろんですわ」
今ではもう、遠い昔のことのように思える。
あの時は、こんなに充実した日々を過ごせるなんて思っていなかった。
だって、生贄になると思っていたんだもの。
当時の勘違いを思い出すと、なんだか笑えてくる。
「君にプロポーズをした」
フェリックスは、そっとマチルダの指輪に触れた。
「でもあの時、僕はまだ君のことをほとんど知らなかった。だから、もう一度言わせてほしい」
「フェリックス様……」
ぎゅ、と力強く手を握られる。フェリックスが近づいてきて、いつの間にか目の前に顔があった。
どくん、どくんと心臓がうるさい。
「愛している、マチルダ。だから僕と結婚してほしい」
答えなんてもう、とっくに決まっている。
それなのに、マチルダの声は震えてしまった。
「もちろんですわ、フェリックス様……!」
ゆっくり、フェリックスの唇が近づいてくる。マチルダは目を閉じて唇が触れるのを待った。
やはり、フェリックスは唇も冷たい。
「わたくしも、フェリックス様を愛していますもの!」
今度はマチルダから、そっとフェリックスに口づけた。
今はもう慣れてしまった冷たさが、どうしようもなく愛おしい。
これから、きっとたくさんのことがあるわ。
辛いことも、悲しいことも、だけど……。
「病める時も健やかなる時も、フェリックス様を愛すると誓うわ」
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