月を曇らせないように
宵町いつか
第1話
この一瞬を頑張れないやつがこの先どう生きてくんだよって、頭の中で誰かが言った。叫んでいるみたいで、やけにこだまするその声は果たして誰の声なのか、もう分からなくなった。
一年っていうのが一瞬じゃないっていうのは、人生が証明してるというのに何言ってんだよって思う。そうやってこだまする声を頑張って否定する。話の本題から目を背けるために。
高校三年生。受験生。自称進学校投獄中。
なにかの呪文かよ。頭の中でそう突っ込んでからシャーペンを持った。プラスチック製の軽いシャーペンが手のひらで踊った。
将来に対しての不安とかない。将来はやりたいこともある。未来は明るい。ただ、それまでの道筋が暗いだけだ。
どれだけ見ないようにしたって暗闇は視界の端に映る。どうにかするためには勉強に集中するしか今のところ正解がない。
受験までまだ時間はある。一つの季節を越えるのはあっという間だけど、まだ四ヶ月はある。
努力は報われるとは限らないし、結果はついてこないかもしれない。大学受験に滑って浪人するかもしれないし、すべてを投げ売って何処かへ消えてしまうかもしれない。今のところ後者のほうが現実味があってしまうのが哀しいところだ。
現代文の問題を解きながら、ふと思った。受験っていうのは片思いかもしれない、なんて恥ずかしいことを。
紙面の上でセリフが踊っている。「月が…月が…月が…曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いていると思ってくくれ」と。
来年、再来年も泣くって、浪人してるみたいだ。そう思って、頭の中で赤ペンが入る。間違いですって。そもそも恋愛の話だから浪人してませんって当たり前の言葉。物語をちゃんと読みましょうねって。
物語の中でもこんなに一人の女の人に集中出来るって素晴らしいな、って思う。私は恋愛もろくにしたことがないし、大学も特にここに行きたいみたいなものがないから。何処まで言っても中途半端。一つの目標に対して必死に頑張った覚えが無いのだ。私には、ないのだ。
高校受験も無難に終わらせて間違って後悔して、大学も同じようになるんだろう。防ごうと思っていない時点で私は終わっている。
一年くらい頑張ってみる? 頑張り方も知らない私が?
まあ、少なくとも来年この月を私の涙で曇らさないようにしようって思うくらいだ。
カチカチと無意味にシャーペンの芯を出す。一つの目標に集中する、真っ直ぐな黒い線。
「よし、がんばろー」
気の抜けた決意が転がった。
月を曇らせないように 宵町いつか @itsuka6012
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