第4章 噴水の幽霊(2)


   ◇◇◇


 侍女のなかに愛想がない、というかマティマナが避けられていると感じる娘がいた。話しかけようとすると「申し訳ありません、急いでおりまして」と、けんもほろろで逃げられる。

 なんだか後ろめたい気配を漂わせているようにも感じられてしまう。

「怪しいわよね? それにあんまり見たことない方みたい」

 マティマナは独り言ちた。

 夜会などで臨時雇いが必要なときは、身元が確かということもあり下級貴族の者が手伝うことになる。

 だが、ライセル家が普通に雇う場合、身分は問わない。募集に応じた者を、家令や侍女頭が審査する。

 怪しい侍女は、特徴的な金色の髪に水色の瞳。なかなかの美人だ。

 侍女頭に訊くと、グスナという名の下級貴族の娘だと特定できた。意外にも長く勤めている娘だという。マティマナはちゅうぼうの手伝いが多かったが、担当が違うから見掛けなかった、ということのようだ。

 無愛想だけど、よく働くらしい。

 ディアートやバザックスの担当だったこともある。荒れているふたりから追い出されたようだ。

 とはいえ、担当になったのは呪いの品が仕掛けられた後のようだった。


「あら? ……呪いの品が、仕掛けられたみたい」

 マティマナの撒いた魔法の上に、誰かが呪いの品を置いたようだ。マティマナの意識のなかの地図に、印がついたように視えている。

 呪いの品を仕掛けた者にも、印がついたはず。

「ルーさま、呪いの品、仕掛けられました」

 ルードランは食堂にいたのですぐに見つけられた。

「場所、わかるかな?」

「はい。それと、仕掛けた誰かには印がついたはず。近づけばわかります」

 場所は大胆にもライセル家の主城で、しかも家令や執事などが主に出入りする資料室だ。マティマナも単独では入れなかったので、ルードランに連れられて入り魔法を撒いた場所だった。

「資料室か。ヘンな場所に仕掛けるね。汚れだしたらすぐに気づかれる」

 ルードランはあきれたように呟く。

 連れだって入ると、呪いの嫌な気配が感じられた。

「ここ、入ることが許可されている方以外でも、出入り可能ですか?」

 無断で入ることなどマティマナには考えられないが、だからこそ仕掛けやすい場所なのかもしれない。

「鍵はかけていないからね。頼まれて使用人が資料を探しに入ることもある」

 マティマナは頷いた。見つかれば咎められるだろうが、要は誰でも入ろうと思えば入れるのだ。

 撒いておいた探し物用の雑用魔法が乱れている。乱れを視線で追えば、異様に魔法が反応している箇所はすぐにわかった。

「魔法を撒いておいてよかったです。棚と棚のすきに呪いの品、ありますね」

 周囲の魔法が乱れているから、呪いの品を置いた者に、相当量の魔法が付着したはずだ。衣服越しでも肌につく。洗っても一定期間落ちないと思う。とはいえ魔法の付着に本人は気づかない。

 マティマナは魔法の布を手にし、棚と棚の間へと腕を挿し入れ布越しに品をつかんだ。

「取れました!」

 手早く腕を引き、魔法の布で呪いのかかった品を包み込んだ。やはり最初から埃まみれにされている。

 部屋に漂っていた嫌な気配は消えた。

 マティマナは、魔法の乱れている箇所へと何度か魔法を撒いて清める。

「置いた者を、まず見つけ出そうか」

 魔法の布に包んだ呪いの品を受け取りながら、ルードランは呟いた。


 魔法の印がついている者を捜すのは、視認だ。

 遭遇すればわかる。

 なので、ルードランと共に、使用人の多い場所を捜すような感じで歩くことになった。

「見つけても声を出さないようにね」

「はい。通り過ぎてしばらくしてから、ルーさまに伝えます」

 不自然にならないように、ルードランと並んでどこかに向かっているような雰囲気で歩いた。

 グスナが怪しいとにらんでいたのだが、彼女には魔法の付着はない。

 あら? 疑ったりして悪いことしちゃったわ。

 マティマナはコッソリ心で謝った。

 呪いの小物を仕掛けたのは、別の者のようだ。

 あ! いた!

 マティマナは心で叫んだ。少し上等な侍女服の裾が、乱れて飛んだマティマナの魔法まみれになっている。

 それこそマティマナは初めて見た侍女だった。

 茶の髪に茶の瞳。わいらしい顔立ち。侍女服も違う。厨房にはあまり出入りしない、もっと極秘の用事もこなすような役割の侍女かもしれない。

「ルーさま、今すれ違った侍女です」

 廊下の角を曲がってから、ごく潜めた声でささやいた。

「ニケアかな? 茶の髪の。主城で当主の用事も頼まれる立場の侍女だよ」

 二年以上は働いているね、と、言葉が足された。

 それとなく引き返し、ふたりで再度確認し、魔法が付着しているのはニケアだと確定した。マティマナは少し離れたところから、ニケアへとコッソリ追加の雑用魔法を二種類かける。荷の受け渡しを知らせる魔法と、探し物魔法の追加だ。本人は全く気づかないし、他の者も気づかないはず。

「何の魔法なのだろう?」

 ボソッと訊いてくるルードランの言葉に、マティマナはギョッとする。

 そうだ、ルーさまには、わたしの魔法がわかるんだった……。

「雑用魔法の探し物の続きです。たいてい物をなくした人は、無意識の行動をしているうちにどこかで落としていますから移動の軌跡を辿るためのものです。本人も忘れている場所に出入りしていたりしますから。ただ、役に立つかは謎ですよ?」

 ルードランに話した魔法と追加の魔法はニケアの髪の根元につけた。

 無意識の行動の軌跡を追うのが主な目的だ。けれど魔法を撒き忘れている場所に呪いの品を仕掛けてもわかる。品の遣り取りもわかる。要はあらゆる方向から探し物をする魔法なのだ。ニケアの自室に呪いの品があるなら、それも判明するかもしれないが踏み込むことはできない。

 ただ、複数の者が関わっている場合は厄介だ。

「軌跡が追えるなら、接触の痕跡も得られるかもしれないね」

 ルードランは頷きながら呟いた。

「あ、そうですね。うまくすればですけど、接触の情報も得られます」

 何より後をつけていれば気づかれるが、この魔法なら、その心配はない。

「家令に、最近ニケアが応対した来客がいないか調べさせてみるよ」

 法師のところへと呪いの品を届けに行きがてら、ルードランは家令に話をしに行くのだろう。

「わたしは、まだ魔法を撒いていない場所を回ってきますね」

 呪いの品を仕掛けた者は特定できたし、今後の行動はある程度追える。

 ニケアを問い詰めたところで、黒幕のことは知らない可能性も高い。それよりは、接触した者を確認したり、今後の接触を待つほうが確実だ。


   ◇◇◇


 マティマナは学ぶことが楽しくて仕方ない状態になっている。

 最初こそ、花嫁修業と構えてしまっていた。だが始まってみれば、ディアートの教え方の巧みさだろう、楽しさばかりが際立った。知ることが端から興味深く、もっと知りたくなってしまう。

 同時に、呪いの事件に巻き込まれて雑用魔法が使い放題なことも、不謹慎なほど日々を楽しくさせていた。

 ディアートが元気を取り戻したこともあり、踊りの練習も始まった。ディアートは男性の踊り部分も踊れる。楽師が来てくれて最低限の旋律を奏でてくれた。

 マティマナもディアートも、くつろのなかから動きやすく軽い薄衣の衣装を踊り用の練習着としている。

 裾に向かってたっぷりの布が使われ、クルクル回ると大きく広がった。美しい花のようだ。

 背の高めなディアートとは、とても踊りやすい。

 ディアートからの踊りの指示は、少し魔法めいていた。動き全体が瞬間的姿勢の流れとして自然に導かれ、覚えることができている。

「不思議……ディアートさま、魔法を使っているのですか?」

 滑らかに身体は移動し、さまざまな美しく見える姿勢を保つことができた。ふたりとも半結いの髪型なので、髪が宙に描く動きもステキに感じられる。

「魔法とは少し違うのよ。術のようなもの。マティマナは、巫女の術とも相性が良さそうね」

 巫女は、法師と同じで聖なる力の領域だ。

「ああ、こんなに楽をさせてもらっていいのですか?」

 踊りの練習など、本来、もっとずっと苦労して覚えるものに違いない。なのに巫女術を施してもらうと、踊りは楽しみながら自然に身につく感じだ。

「あら。普通は全く楽じゃないはずよ?」

 ディアートは、にっこりと笑みを浮かべて告げる。

 マティマナは巫女術との相性が良いお陰で、踊りの練習も必要な所作も、簡単に身につけることが可能だったようだ。

 踊りを自室で練習するときにも、施された巫女術が効いている。ディアートが付きっきりで教えてくれているのと変わらない感覚だ。ディアートは先生としてすごすぎるようにマティマナは感じていた。

 ライセル家の歴史や、ユグナルガ国の歴史も、ディアートから学ぶと、もっと深く知りたい思いが強くなる。今度、図書室の利用方法も教えてもらえるようだった。


 ルードランが花束を抱えて歩いてくる。花に囲まれていても、端整な顔立ちは全く負けていない。

 なんて素敵!

「ルーさま、とてもお花が似合っています!」

 うっとりと見つめていると、その花束を手渡された。ルードランが持っていたときより、はるかにタップリに感じられる花に囲まれ良い香りにくらくらする。

 花越しに眺めるルードランも麗しすぎて眩暈めまいがした。

「うん。とても似合うよ! マティマナを、たくさんの花で飾りたいな」

 しばらく花を抱えて歩いた後で、侍女が花を受け取り自室に活けておいてくれることになった。

 マティマナは花嫁修業としてディアートから王宮仕込みの作法や踊りなどを習いつつ、空き時間にはルードランと同行して魔法を撒く生活になっている。

 雑用魔法は使えば使うほど種類を増していくように感じられた。こんなに盛大に魔法を使うことは今までなかったからわからなかったようだ。お陰で雑用魔法は日々磨かれている。

 魔法を撒いていない場所を探し、時間切れで消滅した場所にも新たに魔法を撒いた。

 なので実家に帰宅もせず、ずっとライセル家に連泊中だ。

 四阿あずまやのある庭園を備えた別棟の内部を一回り。

 その後、ルードランと四阿で一休みした。良い風が吹き抜けて気持ちいい。

「だいぶ、撒けましたね」

 お陰でかなり安堵できている。外は、ときどき呪いの品が反応するので気が抜けないが。

「くれぐれも、無理は禁物だよ?」

「はい! でも、ルーさまと歩くの楽しいです」

「僕もだよ」

 素敵な笑顔を向けられ、うっとり見つめていた。

 見上げれば、四阿の屋根に接するように見える空は、綺麗な青。ルードランの眼よりは淡いが。

 素敵な庭園から、また散歩。

 整備された回廊が中庭にぐるっと面している、豪華で広大な別棟にも入る。

 中庭は綺麗に保たれた池のある庭園だ。

「ここもとても素敵な庭園です。水場があるのがいいですね」

 泉なのかな? こんこんと湧き出ている綺麗な水は、魔法的な力が働いているのだろう。外へ流れ出すことなく、常に一定量をたたえている。

 物騒な事件の渦中に巻き込まれてしまったが、ルードランと過ごせるのはたのしい。もっともっと話がしたい。

 正式な婚約者となり、婚儀の準備なども着々と進んでいる。とはいえライセル家で長い時間を過ごしているのに、まだ夢のなかにいるような気分は続いていた。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】理不尽に婚約破棄されましたが、雑用魔法で王族直系の大貴族に嫁入りします!1/藤森かつき MFブックス @mfbooks

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