第4章 噴水の幽霊(1)

 マティマナは、中庭に当たる広大な庭園を散歩しながら魔法をいていた。綺麗に手入れされ片づけは必要ないので、探し物の魔法だけ撒けばいい。

 端から満遍なく続けていたが、庭園の噴水で魔法を撒いたとき、ふわっ、と何か姿が見えた。

 あら? 幽霊? 精霊?

 だが、姿を現した幽霊らしきは周囲を見回し、何もえない、という表情を浮かべて消えてしまった。

「あ、これ、ルーさまの捜している幽霊さんでは?」

 思わずひとちる。

 わたしではなく、ルーさまを連れてくれば反応するのかも?

 マティマナは、そんな風に直感した。

 慌てて、ルードランを捜しに走る。お抱え法師の元に行ったなら、居城の執務室近くだろう。

「ルーさま! 精霊みたいな幽霊みたいな何かが、噴水のところにいます!」

 執務室へと向かう途中で歩いてくるルードランを見つけ、マティマナは慌てて声をかけた。

 ルードランは歓喜したような表情を浮かべ、マティマナの手を取ると庭園へと向かって小走りだ。

「よく見つけたね」

「魔法を撒いたら出てきたのですけど。辺りを見回してから消えました。きっと、ルーさまを捜しているのだと思います」

「ああ。呪いのせいで現れる幽霊ではないのだね。それはうれしい」

 ルードランは、マティマナの魔法で幽霊が現れたと知り、とてもあんした表情になっていた。

 噴水は上部からこんこんと水が湧き出し、水盤から幾筋も細い水流が落ちる。五段くらいの水盤を、細い綺麗な放物線を描く水流が美しい景色を作っている。

 ふたり噴水の前に立ち、さっきと同じようにマティマナは魔法を撒いてみた。

 すると、やはり、ふわっ、と、透明で揺らぐ姿が現れた。

 精霊? 幽霊?

 その区別は難しいが、幽霊らしきは辺りを見回すと、やがてルードランを認識し、不意に意志をもった存在に気配が変わった。幽霊というよりは、水の精霊のような感じだ。

 幽霊は、小さな宝玉のようなものをルードランへと差し出しながら、唇らしきを動かす。

「その昔、ライセル家から盗まれた品だ。ライセル家の当主であることを証明する大事な品だったのだが、盗まれた。しかし、ライセル家の者でない所有者にはわざわいす。不慮の死。品は、ライセル家まで転移してきたが、力尽き地中に埋まった」

 抑揚のない静かな声が語っていた。

「それが、なぜ、噴水に?」

 ルードランは、水の精霊のような綺麗な姿の幽霊から、宝玉を受け取ろうとしながらいている。

「地中で長く過ごし、宝飾品は化身となり、ここまで辿たどり着いた。水の力を得て、お告げが可能なほどに力を回復した……」

 手渡すと同時に、幽霊らしきは宝玉へと吸い込まれるようにして姿を消した。ルードランの手のひらの上で、宝玉は形を変えていく。

「ライセル家の跡取りに必要な大いなる助言とは……ライセル家の当主を証明する品のことだったのか」

 つぶやくルードランの手のなかで、宝玉は極小の飾りに変化した。

 この極小の宝飾品が、ライセル家当主のあかしらしい。

「あれ? これ、マティマナの飾りと似ているね?」

 手のひらの飾りを眺めてから、ルードランはマティマナの耳のじょうえんに飾られた品に触れた。

「あ、この飾り、以前にライセル家の奥様から頂いたものなんです。お祝いのお手伝いの際です」

 ルードランの手に手を重ねるようにしてみみふちの飾りに触れる。ルードランの母であるライセル夫人から直接頂いたものだ。小さいながら豪華で、耳の上縁につけたら外れなくなった。自分では見えないけれど、とてもここい飾りだった。

「そうなんだ! それは、これと元々対だったのかもしれないね! すごいな。運命を感じるよ」

 高揚したようにルードランは声をあげている。

 ルードランへのお告げは、対の飾りを持つマティマナとわせ、宝飾品の化身とも逢うことを可能にした。

「そういえば、この飾りをつけてからです! 雑用魔法が使えるようになったの……」

 マティマナは不意に思い出し自分で驚いた。

 雑用魔法と言っていたけど、もしかしてライセル家由来の魔法なの?

 ならば、対の飾りの化身を魔法で呼び出せたのもうなずける。

 ルードランはマティマナと対の宝飾品に運命を感じているようで、ウキウキした表情だ。

 左耳へと近づけると、飾りは自然にルードランの耳の上縁に装着された。

「おそろいだね」

 ルードランは嬉しそうに笑みを深めた。ご満悦な表情だ。

「きっと、ライセル家由来の魔法が使えますよ」

 なんとなく直感してマティマナも笑みを深めた。

 噴水の前で、ふたり。ほのぼのと。マティマナは幸せをみ締めるような思いだった。


「最高の気分なのだけど、良くない報告もしなくちゃだね」

 ルードランは、法師の元へと呪いの品を届けた帰りだ。

「あ、呪いの品ですね?」

「そう。やはり色々な呪いが詰め込まれている宝石の原石だったよ。どんな代物にでも、呪いを込められるようだね」

「そうなると、やっぱり呪いを込めた品を誰かが持ち込んでいるのですよね?」

 ライセル城のどこかで、呪いを込めていたら絶対に法師が気づく。城の外で呪いを込め、ほこりまぶし、魔法の布なりに包んで城内へと持ち込んでいるはずだ。

 しかし物騒な呪いを込めるなど、行為者も無事では済まない気がするのだが。

「よほどに強い呪術の力だよ。城で仕掛けている者も、操られているのかもしれない」

「そうですね。仕掛けた者がわかっても、何も知らない可能性もあります」

「仕掛けた者が見つかっても、捕まえないほうがいいね」

 ルードランの言葉に同意し、マティマナは頷いた。魔法を撒いているから、いずれ品を置けば誰が仕掛けたのかは明らかになる。

「仕掛けたときに魔法のしるしがつくはずなので誰がやったかは突き止められますが、その後は見張る感じですかね?」

 思案しながらマティマナは小さく呟いた。広い庭園の噴水から見回す限り人はいないので、言葉が漏れる心配はないと思うが念のため。

「誰かわかれば、最近の来訪者との対応の記録で、持ち込んだ者が割り出せるかもしれないね」

 そのあたりは、信頼できる使用人とルードランとのり取りになるだろう。

「誰だかわかったら、念のためその人に別の雑用魔法をかけておきます」

 品の受け渡し関連を報告する雑用魔法を髪に絡めておけば、洗っても結っても一定期間は取れない。髪の根元なら切り落とされる心配もないと思う。

「便利そうな魔法があるのかな?」

「物を受け取ったときに知らせてくれる感じです」

 ただ、呪いの品以外でも知らせが入ってしまう。侍女なり使用人だと、そんな機会は多すぎる。それでも、受け渡しの場所もわかるから外との対応でなければ放置していいだろう。

「あ、それと、拾い物の持ち主を捜す魔法がありますよ、そういえば」

 探し物の魔法を使っていたけれど、落とし物の持ち主を捜すほうは失念していた。

「ダメだよ。呪いの品から捜すのは危険すぎる」

 ルードランが慌てて止める。

 失念していただけのことはあるかもしれない。持ち主を調べるために呪いの品に魔法で介入すれば、呪いが跳ね返るかもしれず危険だ。

「そうですね。ちょっと怖すぎるからやりません!」

 マティマナは、誓うようにルードランへと告げた。

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