第3章 花嫁修業の片手間で(4)
「呪いの宝飾品だったよ」
ルードランは少し眉根を寄せ、
「同じ品が仕掛けられているのではないのですね。それで、場所によって違う状況になっているのでしょうか?」
石に、石人形、今度は宝飾品。埃にまみれてはいるけれど、宝飾品ならば拾い主が埃を落として自分のものにする可能性がある。
呪いの品など直接身につけたら、どんな障りがあるのか。怖すぎだ。
「見つけにくいように、色々な形のものを使っているのだろうね。でも、強烈な呪いがかけられた品だったよ」
「仕込まれた呪いの種類も違っているのでしょうか?」
部屋を汚すのは共通だが、病人を出したり、幽霊が出たり。
「手当たり次第に呪いを詰め込んだような品らしい」
魔法の布に包めば影響は出ないだろうが、法師の元にたくさんの呪いの品が集まっていくのも、ちょっと怖い気がした。
「あ、そういえば食材庫の奥が怪しいみたいです。真っ暗になっているらしくて」
「灯りが点らないってこと? それは、奇妙だね」
ライセル家に働く王家由来の魔法は、城の敷地内全体を
夜は人がいれば、自然に灯りが点るはずなのだ。
「ええ。呪いの品があるのだと思います。これから行ってみるところです」
「それなら、僕も行こう」
「ありがとうございます! それは、とても心強いです」
マティマナとルードランが厨房へ赴くと、食材庫が暗くて困っていた者たちに歓迎された。
「ルードラン様、マティマナ様、お手数おかけして申し訳ございません」
「君たちのせいじゃないし、気にすることないよ」
「わたし、片づけしてみますね」
呪いの品が城のあちこちに仕掛けられていることは内密だ。ただ、マティマナが片づけや掃除が得意で、城内の見回りをしていると、適当に理由はつけてくれていた。マティマナが片づけると奇妙な現象が収まることは、なんとなく知られており歓迎されている。怪しむ者がいるとしたら、呪いの品を仕掛けた本人だけだろう。
厨房に併設の広い食材庫へと案内された。
ルードランとマティマナは、ふたりで食材庫へと入る。広いが入り口近くは、それなりに明るい。だが、少し歩くと床がザラついているのがわかった。
「あ、この床、
ライセル家の魔法で清潔に保たれているはずの食材庫に砂埃などあり得ない。
「どこかに……というか、たぶん暗がりの場所に品があるのだろうね」
歩いていくと途中から薄暗くなり、やがて真っ暗になった。振り返れば、明るい入り口側が見えている。へんな闇だ。
「これは、みんな怖がりますよ。異常です」
暗くて怖い。急に闇に包み込まれる上、ちょっと寒気がする。嫌な感じだ。灯りが点らないというより、点っていても暗い。
「呪いの品、探してみてくれるかい?」
「はい。片づけてみます」
マティマナはいつものように、まず全体から不浄なものを片づける。
食材庫のなかには、呪いの影響か腐っているものがいくつか存在した。雑用魔法で専用のゴミ箱行きだ。
棚は、ライセル家の魔法で時が止められているから鮮度は保たれるし、腐るなど考えられない。
呪いのせいで棚から食材が落ち、腐ったのだろう。とはいえ、ライセル城内にある食材庫のなかで物が腐るなど本来あり得ないことだ。
マティマナは一区画ずつ魔法をかけ、片づけはじめた。
床は綺麗になるが、呪いの品が奥にあるためだろう。闇はそのままだ。
「先に、真っ暗闇のなかに、魔法をかけてみますね」
「ちょっと難儀そうだね」
珍しくルードランが心配そうにしている。
呪いの品を見つけることを優先したほうが手っ取り早そうだ。たぶん闇の深い場所に呪いの品はあるのだろう。
一番闇の深そうな部分へと魔法を立て続けにかけてみた。
「あ、何かあります」
嫌な
マティマナは棚と棚の合間の闇に、目測で腕を伸ばす。魔法の布で
途端に、さああっ、と、光が
「見つけたようだね」
ホッとしたようなルードランの声を聞きながら、マティマナは魔法の布で塊を包み込んだ。
これで一安心だ。
魔法の布で包んだものは、ルードランが受け取ってくれた。
「よかったです。やっぱり呪いの品でしょうね」
マティマナは片づけを続けながら呟く。
仕上げに探し物のための魔法も撒いておいた。
食材庫が明るくなって、厨房の者たちは大喜びだ。
マティマナが片づけた後は以前よりも綺麗になり、より明るくなったと絶賛だった。
とはいえ、こんな感じでライセル城のあちこちにさまざまな不具合が生じているのだろう。そう思うと一刻も早く、呪いの品を仕掛ける者を捜し出さねばと焦る気持ちも湧いてくる。
どこから持ち込まれているのやら。ただ使用人の部屋のなかを捜すことは、さすがに個人の領域への侵害になるからできない。もっとも
来客が持ち込むに違いないのだが、呪いが強いから必ず何かに包んで持ち込まれているはずだ。所持しているところを見つけるのは困難だと思う。
何度も考えたが、やはり探し物の魔法を広範囲に撒いて待ち受け、仕掛けた瞬間を狙うしかない。撒いておいた探し物の雑用魔法は、品が置かれたことをマティマナに知らせてくれるだけでなく、呪いの品を仕掛けた者に小さな
◇◇◇
ルードランに案内され、宝物庫に入れてもらった。本来、ライセル家の当主夫妻や継承者、あとは家令くらいしか入れない場所だ。
魔法を撒く必要はないだろうが、万が一ということもある。すでに誰かに乗っ取られた状態になっていたり、なんらかの手段で忍び込まれているかもしれない、とのこと。
短い公務に同席した後だったので、ふたりとも豪華衣装を着つけたまま歩いてきた。
「まぁ、なんて素晴らしいのでしょう!」
マティマナは、入り口から入ったばかりのところで、身動きできなくなるような衝撃を感じた。
ライセル家の宝物庫は、あまりに
伝統ある最高級の宝飾品の気配は、美しさも
ルードランと手を繋いでいなかったら、
「奥は、もっとすごいよ?」
ルードランが嬉しそうに囁く。
ああっ、そんな! ルーさまがすごいと言うなんて! そんな品を見たら、へたり込みそうよ……
マティマナは、戦々恐々。宝飾品に興味はあるが、だいぶ怖い。
「魔法、撒きますね」
マティマナは、ようやくそう呟き、さまざまな思いを
「わぁ、マティマナの魔法、
ルードランは感動したような声をたてた。
幸い呪いの気配はない。清浄そのものだ。ルードランは、少し棚に近づくと豪華な首飾りを手にしている。
「なんて豪華な首飾りなのでしょう!」
「マティマナの瞳と同じ緑だね」
繊細で豪華な金細工に、透明で大きな緑の宝石がいくつも
ルードランは、その首飾りをマティマナの首に沿わせて眺めた。ひんやりとした宝飾品の感触と、ルードランの指先の感触にどきどきが止まらなくなる。豪華衣装を着せてもらっていてよかった。衣装に飾りはとても映えている。鏡を示され映し出される姿を眺めてしみじみと思った。
しかし超高価なものに触れてしまっている戸惑いも隠せない。
「これは、ライセル家の夫人が身につける品だよ。いずれはマティマナの所有になるね」
今はルードランの母のものであるらしい。
ログス家の宝飾品とは格が違いすぎて気が遠くなりそう……。
畏れ多い気分だ。
だが、それと同時に宝飾品たちの美しさは、心を洗ってくれる感じがした。ライセル家の宝は、超高価なのだろうが、なんだか優しい雰囲気だ。
おっかなびっくりなマティマナは、それでも魔法を撒くと少し落ち着く。奥の超絶
宝物庫の奥にある小部屋へ入ると、ルードランが不思議そうに首を
「この部屋、なんだか以前と印象が違っているような気がするよ」
宝飾品といっても魔法具的な品が多く置かれている部屋だ。
「配置が変わったのでしょうか?」
「なんだろう? 何か足りない気がするのだけど、でも、場所の空きもないし」
気のせいかな? と、何か
巨大な箱入りで中が見られないものもあるが、しっかりと封印されている。箱のなかに呪いが仕込まれることはなさそうだった。
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