第3章 花嫁修業の片手間で(3)


   ◇◇◇


 マティマナが使うのが雑用魔法だと、なぜかバレたらしい。外部から苦情や苦言が次々にライセル家へと舞い込んできていると漏れ聞いた。

せんな魔法を使う者をライセル家に入れるつもりか』

 と、息巻くような内容が多く寄せられているようだ。

 ログス家は上級貴族に格上げになったので、下級貴族だからと攻撃することはできなくなった。その代わりに相応ふさわしくない、と、使う魔法をおとしめようとしている。

 だが、ライセル家の面々はあきれていて、そんな苦情には取り合うつもりもないようだ。

「ヘンですね、どうしてライセル家の外の方々に雑用魔法がバレたんでしょう?」

 マティマナはずっと魔法を隠してきたし、密かに使うときも、雑用魔法などとは言わず黙って使う。雑用魔法の実体を知る者はごく少ないはずだった。

「マティマナの魔法が不都合な者たちの仕業だろうね」

 ルードランは思案げにしながら可能性を探っているようだ。

「あ、呪いの品を仕掛けている方々ですか」

「そうそう。使用人か侍女のなかに、外部と通じている者がいるのだろう。間者が入り込んでいるのかもしれないね」

 ルードランは物騒なことをさらりと呟く。ライセル家ほどの大貴族ともなれば、よくある話なのかもしれない。

 首尾良く効果をあげていた呪いの品を、次々に見つけられて焦っている証拠かもしれなかった。

「……片づけられると困るのでしょうね」

 通じている者にしろ、入り込んだ者にしろ、マティマナが魔法で呪いの品を片づけたら、きっと都合が悪いのだろう。いっそ、侍女なり使用人なりがいる前で魔法を使えば、反応でわかるかもしれない。

 しかし、それでは証拠は得られない。当分は、品を仕掛ける前の所持している状態で見つけるのが最良なので、呪いの品を探すために魔法を撒いているとは知られないほうがいいだろう。

「まあ、悪い者たちの言葉など気にする必要はないからね?」

 と、くぎを刺すような響きでマティマナに念を押した。ルードランはマティマナの魔法を気に入ってくれているし、ライセル家の方々は皆同意見のようだ。それはとても心強く、ありがたかった。

「ルーさま、なぜ、幽霊に逢いたいのですか?」

 マティマナは気になっていたので、不意に訊いてしまっている。

 あ、無理して答えなくていいですよ、と、慌てて言葉を足した。ルードランは優しい笑みを浮かべてマティマナを見つめた。

「お告げは、ふたつあった。旅のことだけじゃなかったんだ」

 ルードランは、そう前置きすると、お告げの内容について語りだした。

 お告げは、夢のなかではあるが、天人の言葉だったようだ。

 旅は日付を指定され、徒歩での旅を勧められた。途中立ち寄る場所も、かなり明確に指示されていたようだ。戻る予定の日に夜会を開き、婚約者のお披露目をすることも。

「内々に、というか、父母には、お告げの話をしたけれど、婚約者が見つからなくても夜会で旅からの帰還を祝うつもりだったようだよ」

 なので、間際まで、なんのための夜会なのかは正式には知らされなかったのだろう。とはいえ、しっかり裏方のあいだでは噂になっていたが。

「けれど、僕は旅の終わりに素晴らしい出逢いを得た」

 マティマナの手を取りながらルードランは嬉しそうに微笑し言葉を続ける。

「であれば、もう一つのお告げも、正しいのだろう」

「どのような内容なのですか? 幽霊……に逢う必要があるのでしょうか?」

「そう。幽霊が、ライセル家の跡取りに必要な大いなる助言を与えてくれる……という内容だったよ」

 幽霊に逢う方法なんてないと思っていたら、今回の鬼火事件だ。

 ぜん、幽霊からの助言というお告げも、真実味を帯びてきた。

「わかりました! 魔法を撒いて呪いの首謀者を捜しながら、幽霊も捜しましょう!」

 マティマナは、ルードランの手を握り返し、励ますように宣言した。


 翌日、入り口を閉鎖してもらった鬼火の出た棟へとマティマナは出かけていった。

 ルードランは、鬼火のいた部屋で拾った埃まみれの品を持って、お抱え法師の元へと向かっている。

 鬼火の棟は、夜見たほどの埃の惨状ではなくなっていた。呪いの品を除去したことで、ライセル家に本来働く魔法が機能しはじめたらしい。

「あ、これなら思ったより早く綺麗になりそうね」

 一階の広間全体の不浄なものを片づけようと軽く魔法をかけると、一気に拭き清めまで完了してしまった。

「あら、ライセル家の魔法の効果が強まったのかしら?」

 不浄なものを見つけて片づける魔法なのに、片づけだけでなく、広間の床は埃の除去も、拭き清めも、汚れの磨き落としもできている。マティマナは驚き、不思議に思いつつも、どんどん掃除を続けていく。

 広い廊下はそうや壁、柱、天井、と、次々に魔法をかけて埃を払う。小部屋などは丸ごと雑用魔法を一回かけるだけで綺麗になった。あっという間に一階は終了。

 階段も魔法で包みながら進んだ。

「とっても順調ね」

 丁度、探し物の雑用魔法を撒いて回っているから、この棟にも同じように撒いておく。

 呪いの品を仕掛ける者が、ふたたび仕掛けることはあると思う。

 階段のりや飾りの美しい柵も、雑用魔法を浴びると綺麗さを取り戻した。埃がこびりついて薄汚れた感じになっていたのが、真新しく美しい。

 マティマナは愉しい気分になり、どんどん魔法をかけ続けた。

 昨夜片づけた鬼火の部屋は、綺麗さを保っている。

 残りの部屋は、扉は閉まっていたが埃は入り込んでいた。マティマナは少しずつ掃除を続ける。少しずつだが、雑用魔法の働く範囲は拡がっていて進みは早い。最終的に一棟丸ごと魔法で綺麗にすると、すっかりスッキリした気分になっていた。


 呪いのもとを探すことに加えて、幽霊探しも日課になっている。

 何気に実家に帰らず、ライセル家に連泊だった。その都度、侍女たちが衣装や髪型を整えてくれる。マティマナ用の衣装は、なんだか随分と増えているような気がした。

 呪いの品を探すのは、雑用魔法のひとつ、探し物魔法の応用だ。なので地道に歩きながら魔法を撒いておく。希望の品として呪いの気配を設定してあるので、存在すれば魔法を撒いたときに反応してくれる。呪いの品が後から転がり込んできたときにも、反応してマティマナに場所を知らせてくれる形だ。

 探し物の魔法は、うっすらと淡く光るようにマティマナには視えていた。まだ魔法を撒いていない場所を探して広いライセル城の敷地をひたすら歩く。

 幽霊を探す方法はわからないけれど、きっと何か手がかりはあるはずだ。

 マティマナが、あちこち掃除しているとわかっているので、使用人や侍女たちはとても好意的だった。

 そうでなくても、裏方の手伝いをしていたから顔見知りも多い。

「食材庫の奥が、どうも怪しいらしいのです」

 そんな感じで、噂的な情報をくれる侍女や使用人も増えていた。

「あら? 幽霊が出たりするの?」

「幽霊はいないです。ただ食材庫の奥が、真っ暗になっていて怖いみたいで」

「暗くなっちゃうなんて珍しいわね」

 呪いの品があるのかもしれない。呪いの品は、一貫した影響ではないようだ。

 法師のところから戻ったルードランと、厨房近くで合流した。

 普段着姿といっても、そのまま夜会に出ても違和感がないほどに整えられた服装で、ルードランは相変わらず麗しい。

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