第3章 花嫁修業の片手間で(2)

「昼間なら出ないのですよね?」

 代わりにマティマナは、そんな風に訊いてみる。呪いの品があるから、それで鬼火のような幽霊騒動になっているのでは? と、考えた。だから、先に呪いの品を探してしまえば、幽霊など出なくなる可能性が高い。

「せっかくだから、幽霊に逢ってみよう。何か伝えたいことがあるのかもしれないよ?」

 しかし、ルードランは怖いことを言いはじめた。

「あ、えーと、ルーさま、本気ですか?」

「ああ、怖いなら、マティマナは無理して付き合わなくて大丈夫だよ?」

 ルードランはにっこり笑って言うが、呪いがライセル家の者を病なりに落とすことが目的なのだとしたら、危険すぎる。ルードランを引き込むためのわなだとしたら、巧みがすぎる。準備万端すぎるではないか。

「ダメです、ルーさま! ひとりでなんて危険すぎます」

「じゃあ、一緒に行こうか」

 ルードランは、散歩にでも誘うような調子で笑みを向けてきた。マティマナが一緒なら、切り抜けられると本気で信じているようだ。

「え? わたし、幽霊退治なんてできませんよ?」

「退治なんて不要だよ。話がしたい」

 幽霊と話せば、呪いの大元が判明すると考えているのかな?

 それとも、ただの好奇心?

 ルードランは、のんびりとした気配のままだ。怖がってもいない。

「わかりました。一緒に行きます」

 呪いの品が原因なら、品を除去すればいい。呪いの品が原因でなかったら……危険になったら一緒に逃げよう。ルードランをひとりで行かせるのだけはダメ、と、何かがマティマナの心のなかで騒いでいた。


 夜に幽霊の出る棟に行くことに決めたので、ライセル家に宿泊することになってしまった。

 ライセル家では、マティマナのために城内用の衣装や豪華なくつろをたくさん用意してくれている。客間ではなく一室、普段使いの部屋も整えてくれた。

 昼間のための衣装も夜間のための衣装も、時々に応じた飾りも、何気に種類が多い。その都度、侍女たちが着替えを手伝い、髪も結ってくれる。

「程良く夜も更けたし、出かけてみようか」

 麗しい軽装姿のルードランに連れられ、マティマナは幽霊が出るとひそかに噂されている別棟へと向かった。

「鬼火って、話ができるのですかね?」

 渡り廊下を、ふたりで歩きながらマティマナは呟くように訊いた。夜間だが、渡り廊下は淡く光がともっている。王家由来の大貴族であるライセル家の魔法は、あらゆる所に行き渡っていた。

 こんなに魔法が行き渡っているのに、呪いの品が効力を持つことが怖い。

「話ができると助かるのだけど」

 ルードランは切実そうだ。

 鬼火に関してマティマナは、嫌な予感がするとか、そういうことは全くなかった。

 とはいえ別棟に着いたら怖い気持ちが湧いてきている。

 ただ、自然にあかりが点るし、建物のなかに入っても暗くはないので少し安心だ。

「あら? なんだか、ほこりが多いですね」

 一階の床は、少しざらつく感じだった。

「本当だ。やはり、呪いの品がどこかにあるのだろうね」

 バザックスや、ディアートの部屋とは違い、棟全体に影響が出ているのかもしれない。

「これ、掃除は後回しのほうがいいですか?」

 たぶん最も汚れのひどい部屋に、幽霊がいるに違いない。幽霊に逢う前に掃除してしまったら、出なくなってしまう可能性がある。

 幽霊に逢いたいルードランとしては、掃除されると困るだろう。

「そうだね。マティマナが掃除したら、幽霊が消えそうだからね。話を聞いてからにしよう」

 ルードランは、すっかり幽霊と話ができると思っているようだ。好奇心というよりは、何か事情がありそうな気がする。

 何か知りたいことがあるのかな?

 マティマナは、そっと見守ることにした。

 埃だらけの一階の広間から、緩く曲線を描く階段を上がっていく。思わず掃除の魔法をかけたくなる衝動を抑えながらルードランと共に進む。

 二階から見上げると三階へ続く階段のほうが、積もった埃の量が多そうだ。注意深く階段を上がる。歩くたびに、埃が舞い上がった。

 埃は、三階の一室の開いた扉からあふれているようだ。

 部屋のなかから、ゆらめく灯りが漏れている? 廊下に灯りが漏れて、舞い上がる埃を照らしていた。

 部屋に近づき、入り口の前にふたりで立つと、中で鬼火が燃えている。

「訊きたいことがある」

 ルードランは室内へと入り、歩み寄りながら鬼火に語りかけた。

 鬼火は怒ったように、ボワッと燃え盛る。だが、物質を燃やせるような炎ではないらしく、部屋の調度やそうに燃え移りはしない。

 ただ、鬼火は暴れて、ルードランへと襲い掛かってきた。ルードランは身を翻して鬼火の攻撃をけている。

 しゅんびんな動きなので、鬼火は追いつけずに余計に怒りを爆発させたように燃え盛り、四方八方に炎を飛ばしはじめた。物は燃えないが、人間に当たれば影響がありそうだ。マティマナには、呪いの気配を宿す鬼火だと感じられた。

「ルーさま、危険です! 呪いの品、探して片づけていいですか」

 会話のできる幽霊とは思えない。

「そうだね。ぜひ、頼む」

 会話はできそうにないと、ルードランも判断したようだ。鬼火から離れ、マティマナの近くに退避してきた。鬼火は位置を変えない。

 マティマナはうなずいて、鬼火に向けて魔法を浴びせかけてみた。だが、効果はあまりない。

 慌てて部屋全体に軽い雑用魔法をかける方法に切り換え、まず腐った食品のようなものを片づけてみる。

 鬼火の勢いが少し弱まって、くような動きになった。

 あ、雑用魔法、部屋にかけると鬼火に効くみたい!

 マティマナは、すぐに地道な一区画ずつの掃除に切り換える。

 じんわりと、しかしできる限り手早く雑用魔法を働かせ、埃を除去していく。

 やがて、猫足の調度の下に埃の塊を見つけた。

「あ、これ、きっと呪いの品です」

 かがみ込み、埃をけずに魔法の布で包み込んだ。

 ひゅるっ、と、鬼火はあっけなく縮まって消えた。

「あ、鬼火が消えた。どうやら、それが呪いのもとのようだね」

 ルードランは感心した響きの声をたてている。

 マティマナは、手早く、鬼火のいた部屋の残りを片づけたが、しかし、一棟丸々、掃除が必要そうだ。

「ちょっと、明日、わたしが改めて魔法で掃除しますね。普通に掃除するのは危険かもしれないですから」

 一階まで降り、棟の入り口の扉を、ルードランに一時封鎖にしてもらった。

「話ができなくて、残念だったよ」

 呪いのもとが見つかりホッとしながらも、ルードランは残念そうにしている。やはり何か事情がありそうだ。

「こんな感じで、密かに呪いが進行している場所がありそうです。話せる幽霊もいるかも?」

 マティマナは、ルードランの希望をつなぐように呟いた。

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