悪癖オートパイロット

ちびまるフォイ

人は良い点よりも悪い点に目がいきやすい

「いいか。最近の若いやつはチャレンジ精神がない!」


「はあ……」


さっきから延々と同じ話をしている上司。

酒が進むといつもこの流れになる。

はやく帰りたいが、それをおくびにも出さないようにする。


疲れる。


「ようし、それじゃもう一軒いくぞ!

 お前に仕事の心構えというのを教えてやる!」


「ぶ、部長。でもほら明日も仕事が……」


「ばかやろう! わしの若い頃は毎日飲んでは、

 そこで先輩から仕事のノウハウを身につけたもんだ!」


「ひ、ひえええ」


次の店では逃げるようにトイレに入って時間稼ぎを試みた。

ネットで「上司 飲み会 帰らせる方法」で検索していたとき、ふと広告が目にとまる。


「なんだこれ……人間オートパイロット……?」


書かれている説明も雑に読んでからスマホにインストール。

指紋認証をするとスマホ越しに頭にオートパイロットが入った。


席に戻ると上機嫌通り越して、悪酔いの上司が待っていた。


「うえぇあ、どこいってたんだぁ。まだまだ飲むぞぉ」


「はい、最後までつきあいます!」


その言葉は自分の脳を使うことなく、自動で口が動いていた。

自分の意思とは無関係に腕が動き上司へ酒をついてゆく。


(す、すごい! これがオートパイロット!?)


上司の話を聞いては興味深げにうなづく動作も自動制御。

勝手に動いてくれるので、話なんか聞かなくてもいい。


明日の昼ごはんを考えたりしていると、勝手に上司は酔い潰れてしまった。


「オートパイロットって便利だなぁ……」


しみじみ痛感した。

けれどオートパイロットだったのがバレると面倒なので誰にも話さないことにした。


数日後。


会社の人事が発表されると同僚が慌てた様子でやってきた。


「おい! 人事異動みたかよ! すっげぇな!」


「え?」


「お前、昇進したんだよ! おめでとう! 知らなかったのか!?」


「えええ!?」


飲みの席をオートパイロットで自動化したことで、

これまで都合つけて断っていた飲み会にも積極的に参加した。


すると、上司は仲のいい部下ほど昇進させたいらしく

なんの結果も出してない自分を推薦してくれた。


「昇進かぁ……予想してなかったけど、うれしいなぁ」


「お前が上司になるなんて想像つかないよ。

 それと、上司になるなら、その癖も直した方がいいぞ」


「クセ?」


「爪。お前、爪噛む癖あるだろう。

 今度はお前が手本として見られる側になるんだから、なおしておけよ」


「そんなクセなかったけど……」


自覚はなかったものの自分の指先がなによりの証拠だった。

そして、オートパイロットをインストールしたときの注意書きを思い出す。



"オートパイロットは1つインストールするごとに、

 別の悪い癖を同時にインストールいたします。"



「あのときか……」


飲みの場を自動化した反面、爪を噛むという悪いクセが追加された。

とはいえ、一度オートの楽さを味わってしまったらもう戻れない。


爪を噛むクセが追加されるくらい安い代償だ。


それからも爪をちょいちょい噛みながら、昇進後の仕事に追われるようになった。


「はあ、疲れる。前はもっと毎日が楽しかったのになぁ」


立場が上がれば楽ができるかと思ったが予想とちがった。


前よりも単純作業が増え、同じことを何度も違う場で披露するケースが多くなる。

毎日新しいチャレンジに満ちていた現場の頃が今はなつかしい。


「毎日同じようなことばかり……。あっ!」


自分のひとりごとで、自分の頭にひらめきの神が降りてきた。

単純作業が多いならそれこそオートパイロットの出番。


「同じ作業はどんどんオートパイロットにすれば、

 いちいち頭を動かすことも、心をすり減らすこともなくなるはずだ!」


オートパイロットのアプリを立ち上げ、自分の行動を自動制御に切り替える。


それこそ、朝の身支度から帰り道の歩行までをも自動化する。


自分が頭を使い、体を動かし、心をゆらすのは

自分が本当にやりたいことをやっているときだけでいい。


それ以外の自分の人生を豊かにしないものは

ことごとく自動制御に切り替えて楽をしてやる。


「ようし50件のオートパイロットを登録だ!!」


それが50個の悪い癖をインストールすることになるとわかっていても、

自動化で得られる楽さを想像すれば気にならなかった。


あらゆる行動をオートにしてからというもの、

自分の日常はぐっと楽になった。


「おはよう、〇〇さん。今日もがんばろうね」


「はい。今日はなんだか明るいですね?」


「ははは。天気よかったからかな?」


こんな日常の会話も自動なので、

自分の頭といえば家に帰ってからやるゲームで

次にどんな武器や防具をそろえて組み合わせるかを考えている。


「でーー、あるからして。我が社の製品はーー」


自社の製品をプレゼンするときもオート制御。

大衆を前に話しているのに、心はまるで別のことを考えている。


ああ、なんて楽なんだろう。

自分の頭はつねに自分の好きなことばかり考えられる。


(次はあれもオートパイロットにしちゃおう。

 あれもこれも自動にすればもっと自分の時間が増やせるぞ~~!)


大事そうな話を自分が話しているのに、

自分の心や頭はまったく違うことを夢想できちゃう便利さ。



ある日のこと、部長に部屋へ呼び出された。


「部長、なんですか? 話って……」


「まあ座れ。なんというか、その……君に苦情が来ていてな」


「苦情!?」


「私も君はよくやっていると思うよ。

 しかしなぁ、苦情が来ている社員を評価もできずでな」


「苦情ってどんなのが来てるんです?」


「たとえば……君がクッチャクッチャ口をあけて、

 音を出して食べているのが不快、とか」


「え!? 俺そんなことしてるんですか!?」


「自覚ないのか? 他にも、飲み物を飲んだとき

 一度うがいしてから飲むのが不快、とか」


「身に覚えがない!!」


「PCのエンターキーをぶっ叩く音がやかましい」


「うそん!?」


「ふいに鼻をほじりだし、そのカスを床に撒く」


「害悪じゃないですか!!」



「君、ほんとうに自覚ないのか……?」


「ないですよ! そんなことしてたんですか!?」



「というか、今もほじってるぞ」


「ええ!? な、なんだこの右手は!?」


部長はためいきをついてしまった。


「とにかく、君が自覚なくやっているそのクセが

 他の社員から苦情が出ている。直さないことには降格もありえるぞ」


「そんな! クセと昇進とは関係ないじゃないですか!」


「嫌われている上司をおいておくと、他の社員に示しがつかんだろう」


「し、しかし……」


それ以上はどれだけ食い下がってもだめだった。


仕事はきちんとこなしているのに、

仕事以外の部分で自分の成果の足を引っ張るなんて。


オートパイロットを解除することも考えたが、

すっかり自動生活に慣れてしまったので今さら戻ることはできない。


洗濯機を失っても人は新しい洗濯機を求める。

便利さに慣れた人間は金ダライで手もみ洗いに戻ることはない。


「くそう……オートパイロットは外したくない。

 でも今のまま悪いクセを直さなきゃ降格待ったなしだ」


悪い癖が出るのはオートパイロットONのとき。

クセを出さないようにするには自動を解除する必要がある。


「いったいどうすれば……」


どうにかして悪い癖を出さないようにできないか。

せめてクセを出すタイミングを人が見ていないときにでもーー。


「あ! そうだ! 思いついた!!」


オートパイロットのヘビーユーザーだからこそのアイデアを思いついた。

スマホを立ち上げて、指から新しい自動化行動を登録した。


登録したのは今自分が持っている「悪い癖」をすべて自動制御するものだった。


「50個もの悪癖を人が見てないタイミングで出すように自動制御する。

 そうすればもう人前でバレることはない。

 まあ、そのぶん新しい悪癖は1つ追加されるが、50個の悪癖が消せるなら問題ないさ」


オートパイロットで、50個の悪癖を自分の家でだけ出すようにした。

もう職場で不快だと思われることはない。完璧だ。


「まったく、自分が賢すぎて怖いぜ……!」


鏡を見ながらうっとりしてしまった。



翌日。


悪癖を克服した自分のあらたな1日がはじまった。

外にでると、巡回している警察官がちょうど通りかかった。


「な、なにをしているんだ君は!?」


「どうしたんですか? そんなに怖い顔で」


「君!! いいから早くパトカーに乗りなさい!!」


「ちょ、離してください! 警察だからって、強制的に連れて行くなんて!」


「そういう問題ではない!!」


「なんて警察だ!! 俺がなにをしたっていうんです!!」


パトカーに押し込まれそうになるのを必死に抵抗しながら叫んだ。

警察官はそれに対して真っ向から反論した。



「すっぱだかで外へ出るやつがあるか!! そんなこともわからないのか!!」



警察官の言葉をうけ、ガラスに映った自分を見た。



「こんな悪癖……知らなかった……」



51個目の悪癖に気づいたのと、

自分の社会人としても生命が終わったのはほぼ同時だった。

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