最後の晩餐
@hiyokko1900
最後の晩餐
「――やめてくれ、頼む、殺さないでくれ!」
その叫びと共に私は目を覚ます。この夢を見るのは何回目だろうか。幾度となく苦しまされた、恐怖に怯える感覚を味わうのも、あと数回なのかも知れない。
――私はもうすぐ殺される――
今では朝起きてから夜寝るまで、食事以外はほとんど何もせずに自堕落な生活を続けている。一時期は労働をしてみることもあったが、大した金にもならず、やはり面倒なので辞めてしまった。かと言って働かずに金があるわけもないので、1日中ただ横になって天井か爪かを見つめるだけの時間を過ごす。人間暇には耐えられないものだと思っていたのだが、意外にもそんなことはなく、むしろ何かする気力すら湧いてくることはなかった。
そんな中でも1日3回の食事だけはとても楽しみであった。とくに美味いというわけではないのだが、それだけが自分にとって生を実感できるいわゆる
人に命を奪われるということがどれだけ怖いものか、皆には理解出来ぬだろう。実際、人の死に方というのは様々で、ほとんどの人間が寿命や病などの理由で命を落とす。事故に遭うというのも悲惨で恐ろしいものなのだが、誰かの手によって自分の人生が終わりを迎えるということの恐怖は、やはり他では例えようがないように思える。このことは他人により死を迫られるという経験をしたことがある者のみが語れるのであり、しかし、その多くはこの恐怖について口にすることすらできなくなるので、私はある意味運がいいのかも知れない。
死については、昔から他の人よりも深く考えてきたという自負がある。
私の両親は私がまだ幼い頃に離婚し、私の記憶の中には母しかいなかった。シングルマザーである母は私を養うため、何をしていたかこそわからないが、多忙な日々を送っていた。しかしそんな中でも1日3回の食事時だけは必ず家に戻り、決して豪華とは言えないものの、毎回とっておきの手料理を振る舞ってくれていた。それゆえ私は母のことが地球上で一番大好きだった。
数ある絶品料理のうち、特に私の好物は「にくにく丼」だった。ただ単に、豚肉ともやしを炒めて米の上に乗せ、焼肉のたれをかけるという、貧乏な家庭でよく出てきそうなシンプルなものなのだが、これが驚くほどにおいしかったのだ。
ちょうどその日も夕食が「にくにく丼」だった。前日から2人で食べようと楽しみにしていたのだが、母は作り終えたと思った途端に丼を必死にかきこみはじめた。私が理由を聞く間も無く、丼鉢にはもう、少しの米粒が張り付いているだけだった。あわてて支度を始めた母は私に対して
「冷めないうちに食べなさい、おいしいから――」
と言い、まだ何か言いたそうな顔をして家を後にした。はやく食事を済ませてすぐに出掛けるなんてことはよくあることだったが、この日だけは少し違った。閉まっていく扉の隙間から見える母の背中が、もう手の届かない所にある、そんな気がした。
この「にくにく丼」が母との
母が帰らなくなって約5年後、母は殺されたのだと聞いた。犯人や理由なんてどうだっていい、そう思った。あの母親が、たった1人の家族が、いなくなったのだ。しかしながら、私は涙を流すことはなかった。怒りや悲しみなどの感情はあまり感じなかった。今思えば、現実として受け入れることが出来ていなかったのかも知れない。私の元に残されたのは、ほんの少しの思い出と母が愛用していた包丁だけだった。これが10歳の頃の出来事だ。
その間、私は親戚の家をたらい回しにされた。それもそうだ。ほとんど会ったこともないガキを育てていくなんて、私が大人の立場でもまっぴらごめんだ。そんな状況を見兼ねた母の叔父が仕方なくなのか、私を引き取ってくれたのだった。
新しい家には母の叔父とその妻が2人で暮らしていて、とくに裕福というわけでもないが、以前の暮らしを考えるとあり得ないくらい贅沢をさせてもらった。しかし私たちはいつまでも他人行儀で、家族とは程遠いものだった。叔父の方は普段はとても優しく接してくれていたが、それが偽りだとわかっていた、私は、彼のことが大嫌いだった。私と彼の関係に気がついていたのか、妻の方は私たちと明らかに距離を置いていた。
母が帰らなくなったあの日から、心の中には常に母がいて、料理が私と母を繋いでいた。いつも形見の包丁で食事を作り、何かあった日の夜は「にくにく丼」を食べた。母との日々を思い出すだけで心が満たされるようだった。
高校生くらいの時、ついに母の叔父は死んだ。行方不明者届なんかも出したが、いつまで経っても見つかることはなかった。私は彼の死に対して、悲しいどころか少しせいせいしていた。その日の夜、私は「にくにく丼」を食べた。
この頃には私は家に帰ることも少なくなり、悪そうな奴らと付き合うようになった。タバコや酒に手を出し始め、バイクで暴走行為のようなこともやった。そんな中で親友と呼べるほどの友人もでき、ここが自分の居場所だったのだなんて思えるようになっていた。心に余裕ができたのか、好きな人もできた。綺麗な顔立ちをしていて、誰にでも優しくて、私なんかでは手の届く存在ではないとわかっていた。しかし、私は前世で徳を積んだのか、明らかに他の人よりも私に対してよくしてくれていた。デートなんかにも向こうから誘ってくれて、私は完全にその人の虜になっていた。
そして月日がたちその人からついに告白を受けたのだ。もちろん快諾し、交際することになった私は、その喜びをいちはやく共有しようと親友のもとへ走った。親友だと思っていた人からは、報告すると笑いながらこんな言葉が返ってきた。
「ほんとに信じたんだw嘘に決まってんじゃんww」
私としたことがまんまと嵌められたのだ。罰ゲームか何かだったようだ。その人と親友は私と知り合う前からの仲だったそうで、2人は既に付き合っていたのだった。怒りが湧き、悔しい、悲しい、そんな気持ちになると思っていたのだが、今回も不思議と何も思うことはなかった。その日を境に、親友だった人を見ることはなくなった。
この日も夜中に家に戻り、ひとりで「にくにく丼」を食べた。しかし、時が経つにつれて作るのは上手くなっているはずなのに、味はどんどん悪くなる一方だった。レシピなんて問題ではないのは明らかで、何が違うのかと常々頭を悩ませていた。
この頃から他人というものに強い嫌悪感を抱いていた私は、完全にひとりで生きていこうと考えていた。というよりも、自分の命や人生に関心がなくなり、でも終わらせる勇気もなかったので、その逃げ道として他人を避けるようになっていた。叔父夫婦の家を後にし、それなりに働き、それなりに金を貯め、それなりの大学に入学した。大学内でも基本的に人と関わることを避け、生涯孤独でいようと決心していた。人との関わりなんて心の中の母だけで充分だった。
しかし大学3年生のとき、街中でとある人を見かける。あの時好きだった人だ。私は急なことで何も考えることができなかったが、体は動いていた。気づくと私は話しかけていた。まさかの人違いだった。私が見間違えるわけがない、そう思い何度も確認したがやはり違うようだった。ただ、そんな私に興味を持ったのか、その人は私と連絡先を交換して足早に去っていった。一瞬の出来事であったが、久しぶりにまともに他人と話したので、少し複雑な気持ちになった。そしてこの人こそ私のパートナーとなる人である。
相手から頻繁に来る連絡に仕方なく返事をしているだけの関係だと思っていたのが、連絡を取り合う度にお互いを知ることとなり、いつの間にか交際まで発展していた。すごいことに、この人と出会ったことをきっかけに、他人に対して抱いていた負の感情はだんだん薄まっていった。それどころか今までの決意がなかったかのように他人と接するようになっていた。この人しかいない、そう思った私は結婚を申し込んだ。そこからは幸せな人生を歩めると思っていた。
結婚生活は順調に進んでいた。色々な所に行き、色々なことをし、多くの思い出をつくっていった。仲もすごく良好で、近所で噂されるほどのおしどり夫婦だった。相手は家事が苦手だったので私が家事を行なっていた。特に料理は昔からしていただけあって、何度もおいしいと褒められた。もうこの頃には「にくにく丼」を作ることはなくなっていた。作る必要がなくなったのだ。
しかし、たった1つだけ不満があったのだ。いや、この1つがとても大きかったのだ。
私は過去に人との関わりを断っていたせいか、その反動で異常なほどに人を求めていた。しかし、向こうは違っていた。極力性行為をしたくないという人だったのだ。そんな人に無理強いするようなこともできず、私は常に欲求不満に悩まされていた。ずっとその矛先を探していた。
そんな時ある人に出会ってしまった。あの時の好きな人だ。今回は間違いなく本人だった。二度と会いたくない、最も憎い相手だったはずが、昔のように、過去に何もなかったかのように接してきてくれた。私は自然とそれを受け入れていた。その日から少しずつ会う回数が増え、心を少しずつ開いていった。そんなある日、私はついに一線を越えてしまった。一度越えてしまうともう歯止めは効かなかった。私は不倫をしてしまった。
不倫がばれることなんて時間の問題だ。ある日家に帰ると、街で見かけると間違えて声をかけてしまいそうなほどそっくりな2人が、向かいあって座っていた。ばれたのだ、不倫が。私は気が動転していた。どうにかしないといけないと思った。謝るのか、しらを切るのか、それとも逆ギレでもするのか。頭をこれでもかと回した。一瞬とも永遠とも思える時間が経った後に私の体は動いていた。玄関からテーブルまでの間にはキッチンがあり、そこには母の形見が置いてある。あとはもう必然だった。
1人、殺した。
どちらを殺したのかなんて覚えていなかった。いずれにせよどちらもやるのだ、どちらでもよかった。もう片方は腰を抜かして、ひどく怯えていた。
「――どうしてだ、どうしてこんなことを」
そんな声をよそに、私は何とも言えない感情に浸っていた。
「――やめてくれ、頼む、殺さないでくれ!」
彼のその言葉だけが頭に残った。
実はこれが初めてではなかったので、私はこの感覚を知っていた。
私は母の叔父に性的虐待を受けていた。彼は普段は優しく親切な男を装うのだが、それは偽りの姿というやつで、2人きりになると私のことを何度も何度も犯した。私は初めの方こそ抵抗していたが、途中からは私は受け入れることも、反発することもせず、
殺したいほど憎んでいたのだが、実際にやってしまうと後悔してしまうだろうと考え、思いとどまっていた。しかしながら、その時私が感じたのは、圧倒的な解放感だった。もう何も悩むことはない。もうこいつはこの世にいない、そう考えるだけでやって良かったと思えるほどだった。
この時からすでに、私の心は壊れていたのだと思う。いや、母親をなくしたあの日から私の心は修復不可能だったのかもしれない。
二度目は親友だった人だ。受けた仕打ちはひどいものだったが、私はその時怒りなどの気持ちを感じてはいなかった。その代わりに、殺してしまえばいいと考えていたのだ。この時は初めてではなかったからなのか、事はすんなりと進んだ。やはりここでも負の感情は一切感じなかった。
母の叔父の時と親友だった人の時は、ばれるわけにはいかないと一生懸命になったが、今回はもうそんなことはしなかった。もう生きることを面倒だと感じていた。2人が転がる部屋の中で私は「にくにく丼」を作った。疲れていたのか、びちゃびちゃになるくらいの焼き肉のたれを入れてしまったが、味はほとんどしなかった。
4人を殺害した罪によって、私は死刑判決を受けた。
死刑囚は刑が執行されるまでの間、拘置所の中で余生を過ごす。食事の時間以外はほとんどが自由時間で、人と関わることもなくなり、まるで昔の自分が思い描いた世界のようだった。
一度だけ、外の人との会話があった。私に会いに来た人がいたのだ。母の叔父の妻だ。彼女からは私の母のことについての話を聞けた。驚いた。
私の母も人殺しだった。
母は父と離婚した後、自分の欲求のためにか、はたまた私を養うためにか、金持ちの愛人になっていた。母は家を出ていったあの日、その金持ちとの関係が金持ちの正妻にばれたことで、その2人を殺してしまった。その後、母は死刑判決を受け、私が10歳の頃に刑が執行されていたのだ。
それを聞いて私の胸にあったのは安心感だった。私は母と同じ道を歩むのだ。大好きな母親と同じような人生を歩めていることに幸せすら感じた。
それから3年ほど月日が経った。
今では朝起きてから夜寝るまで、食事以外はほとんど何もせずに自堕落な生活を続けている。何かする金もないので、1日中ただ横になって天井か爪かを見つめるだけの時間を過ごす。人間暇には耐えられないものだと思っていたのだが、意外にもそんなことはなく、むしろ何かする気力すら湧いてくることはなかった。
しかし、生きることを面倒だと感じていた私だったが、拘置所の生活のなかで生きる希望を見つけることができた。
1日3回の食事だけはとても楽しみであった。とくに美味いというわけではないのだが、それだけが自分にとって生を実感できるいわゆる
ある日、ふとあることを思い出した。何で得た情報だったかは曖昧だったが、死刑囚には「最後の晩餐」のような制度があり、なんでも好きなものが食べられるということだった。
皆誰しも、最後の晩餐は何がいいか考えたことがあるだろう。私自身もあるのだが、昔はいつも「高級寿司」や「高級焼肉」など普段口にすることができないものを食べようと考えていた。しかし、今考えてみると、答えは一択だった。
――にくにく丼――
かれこれ5年以上口にしていなかったので、もう二度と口にすることはないと思っていた。しかし、この制度のおかげであと1回だけ食べることができるのだ。私は執行日が少し待ち遠しくすら思えた。
その日は突然やってきた。
朝、いつものように起きると、職員の人に今日が死刑の執行日だと伝えられた。前日くらいに伝えられると思っていたので急で驚いたが、そんなことはどうでもよかった。
「最後の晩餐はにくにく丼がいい」
私はそう伝えた。すると職員は何とも言えない顔で答えた。
「執行は2時間後だから食事はないよ」
何を言っているんだ、こいつは。本気でそう思った。そして、絶望した。そう、日本にはそんな制度はなかったのだ。私はもう二度とあの味を、母との思い出を、感じることはできないのだ。そう自覚した途端、私は今までに感じたことのない、とてつもない恐怖に襲われた。
――私はもうすぐ殺される――
そこからはあまりの絶望と恐怖に正気ではいられなかった。目隠しをされると、今から殺されるということが身に染みてわかった。こんなはずじゃなかった。
「ドンッ」
と音が聞こえたと同時に、私は宙に浮いていた。なんだか、ふわふわしていた。少し気持ち良かった。
そうしていると、まぶたの裏側に母が見えた。私は母の元へかける。母は私に料理を準備してくれていた。もちろん「にくにく丼」だ。私は感激し、ゆっくりと口元へ運ぶ。
「おいしい」
私は確かにそうを感じたのだが、私の最後の晩餐は喉を通ることはなかった。
最後の晩餐 @hiyokko1900
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