第12話 愛着の色
「それで、サウェルはさっきから何してるの?」
ひとまず自分達の安全が分かって一安心したセフィは、今度はベッドの傍に座っているサウェルの質問をした。
「魔道具の調整とか、いろいろな。君のローブも少し借りてるよ」
言いながらサウェルは立ち上がり、手に持っていた布を広げてみせた。セフィが着ていた紺色のローブだ。よく見ると、袖や裾の辺りに銀色の模様が描かれていた。先ほど一部だけ見えていた布はこれらしい。
「わぁ、綺麗……」
「蒼白の山は寒いからな。熱を制御する魔法陣を組み込んでおいたんだ。ただ刻むだけじゃ芸がないし、刺繡っぽくオシャレにな」
袖の方には白い十字の模様も入っている。自分にピッタリな模様を考えて入れてくれたのが感じられて、セフィは顔をほころばせた。
「ありがとう、すごく嬉しい。変装用だしすぐに買い替えるつもりだったけど、大事に使うね」
「手持ちの道具だと簡単な処置しかできなかったし、性能を考えたらバラルで上等なものに買い替えた方がいいと思うぞ」
「もう、そういう話じゃないでしょ?」
つれない事を言うサウェルに呆れつつも、セフィの心は初めて人から贈り物をされた事への嬉しさでいっぱいだった。
彼女に釣られたようにサウェルも微笑むと、ローブを畳んで机に置き、道具一式をまとめた。
「それじゃ、セフィの無事も確認できたし、俺も自分の部屋で寝るとしようかな。他の客に見つからないよう早めに出るから、寝坊しないように」
「あ、待ってサウェル!」
扉に手をかけていたサウェルは、呼び止められて振り向く。
「その……ごめんね」
「? なんで謝るんだよ」
「アンデーレ達から私を守ってくれたでしょ? 黙ってたら、サウェルはあんなに痛い思いをしなかったはずなのに……ううん、そもそも騎士団から逃げてた私なんか拾わなかったら、今ごろ国境くらい、一人で簡単に渡れてたはずだよ」
毛布をきゅっと握る手には、セフィのやるせない想いが詰まってるように思えた。
「変な事に気を遣うんだな。無償で協力してくれる奴がいて幸運だったなー、で済ませればいいのに」
「そんなわけにはいかないよ。私のせいで死にかけたんだよ? どうしてそこまでして、味方してくれるの?」
「どうして、か……」
セフィは真っ直ぐ疑問をぶつける。少しだけ静寂が続いて、サウェルは言った。
「正直、理由らしい理由は無い。気付いたら、君の手を取ってたんだ」
「どど、どういうこと?」
意味あり気な言い方に、思わずドキリとするセフィ。サウェルは変わらないトーンで続けた。
「昨日も言ったけど、俺は自分の意思を貫く生き方こそ、人のあるべき姿だと思ってる。そうして道を外れた犯罪者の味方でありたい」
「う、うん。言ってたね」
「騎士団に追われてる君の目は、何かを見据えていたんだ。それが自由なのかケテル神書なのか、『
最後に小さく笑って、会話を打ち切るように扉を開く。
「じゃ、また明日。おやすみ、セフィ」
「おやすみ……」
彼の顔が、扉の向こうに消えた。
納得のいく答えを得られずにもやもやしたまま、セフィは毛布をかぶり直した。
「自分の意思を貫く生き方……私、そんなに立派じゃないけどなぁ」
もう一度眠気がやって来るまで、セフィはサウェルと出会った昨日の事を思い出していた。
――『自分にしか守れないもの』を守る時、人は正しい道から外れるんだ。
彼は犯罪者の事をそう評していた。
セフィに当てはめるとそれは、『白十字』を目指す事なのかもしれない。その為に法の外に飛び出し、こうして逃げているのだから。
なら、サウェルにもあるのだろうか。
彼の『自分にしか守れないもの』は、一体何だろうか……。
* * *
陽が顔を出し始める前に、セフィとサウェルは宿を抜け出した。馬車のチケットは宿代も込みだったのでお金を払う必要は無いのだが、よくしてくれた宿の人に悪いと思ったセフィは、気持ちばかりのお詫び代を置いて行った。
西へと伸びる道から逸れて、二人は北西へ進む。小一時間も歩けば、蒼白の山からの冷気が届く距離までやってきた。
「いつもは学校の窓から頭だけ見える感じだったんだけど、近くまで来ると凄い威圧感だね……」
魔力が乱れ、一年中氷が溶けない極寒の異常気象領域。動物や植物、魔獣までもが凍りつき、あらゆる命が消え失せた死の山だ。
サウェルがローブに体温調節と発熱の魔法陣をお洒落に組み込んでくれたおかげで、セフィは普通に歩く事が出来る。それが無ければ、近付くだけで凍えていただろう。
そしてこの山はマアブとエズトの国境がある山でもあるので、ふもとには警備兵が駐屯している。サウェル曰く、国から無理やり仕事を押し付けられた冒険者のようで、もろもろの不満もあって
「セフィ、ちょっといいか」
そんな兵士たちの詰め所が見えて来た辺りで、サウェルは立ち止まった。
「今から秘密の地下通路に入る訳なんだけど、これを着けていてほしいんだ」
そう言って彼が鞄から取り出したのは、紫色の石が装飾されたネックレスだった。その石がただの宝石じゃない事は、セフィにも分かった。
「これ、魔石?」
「ああ。セフィの杖についてたのと似た物だ。君のそれも、魔術の補助用として魔力が込められた宝石だろ?」
「うん。今は割れちゃってるから、使い物にならないけど」
「そうだと思って、昨日なんとか用意したんだ。万が一の時に魔術が使えないと困るだろうし」
と言う事は、サウェルはあれからしばらく起きていたのだろう。
治ったとはいえ死にかけだったのには変わりないのでちゃんと寝てほしかったが、自分のためにしてくれたので強く出れないセフィ。
「まあその杖に比べたら性能には劣るから、あくまでその場しのぎって感じだけど」
「私、サウェルにもらってばっかりだね。何も返せてないよ」
「気にするな気にするな。こういうのは素直に貰ってくれ」
「……そうだね。ありがとう」
受け取ったネックレスを身に着けて、千切れて落ちないよう服の内側に仕舞い込む。それだけで、胸の辺りがほんのりと暖かくなった。
地下通路を抜けてバラルに着いたら、何かお返しをしよう。
そう気持ちを切り替えて、セフィは警備兵のもとへ向かう黒い背中を追った。
鉄柵の前には警備兵が三人いたが、サウェルが近付くのを見ると、示し合わせたかのように一人だけになる。
槍を担いだ青年が近付いた。全身に分厚い防寒装備を着ている。
「よう、待ってたぜ。尾行されてないよな?」
「当たり前だろ。騎士団の見回りは?」
「しょっぱい給料を渡しに来た二十日前が最後だな。相変わらずひでぇ待遇だぜ」
「ご苦労様。俺たち密入国者にとっては大事な人材だ。辞めないでくれよ」
「へいへーい。十七のお前が手を汚して生きてるのを考えると、職があるだけマシってもんか」
軽口を言い合いながら、サウェルは小さな袋を警備兵に渡す。ジャラリと金属の音が鳴った。恐らく硬貨が詰まってるのだろう。国に背いて犯罪者を通すのだから、その代金もそれなりの額なはずだ。
「んで、そこの女の子は?」
「彼女も逃亡者だ。いろいろと事情があるから、あんまり詮索しないであげてくれ」
警備兵の視線が向き、セフィは緊張した面持ちでぺこりとお辞儀する。
「へぇー、ガキンチョのくせに女の子と二人で国外旅行か? そりゃ人には言えない事情もおありでしょうな」
「おい」
「冗談だって。ホラ、門は開けてるぞ。中は寒いし凍ってるから気を付けろよ」
警備兵の青年は笑いながらサウェルの頭を乱暴に撫でる。少し年の離れた兄弟のような距離感で、セフィはちょっとだけ羨ましいと思った。
自分にきょうだいはいるのだろうか。両親はどんな人だろう。
今まで何度も何度も繰り返しては頭痛で終わる問いをもう一度思い浮かべながら、セフィはサウェルに続いて門をくぐった。
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