第二章:明白 『罪を知らぬ者だけ、私の罪を咎めなさい』

第5話 利害の色

『魔法』とは、この世界に存在するもう一つのことわり

 そんな『魔法』を人々が発見して、まだ間もなかった昔々の事。


『魔法』を人間にも扱えるように組み直された術――『魔術』を編み出した魔術王リリートは、私欲のままに力を振りかざし、世界を混沌に陥れた。

 そんな魔術王を討つために立ち上がった若者こそ、勇者アイン。


 彼とその仲間達による旅と戦いの物語は、『光色勇者団』という英雄譚となり、今もなお語り継がれている。


「一見どこにでもある英雄伝説だけど、『勇者団』の話は全て真実なんだよ! 剣術や魔術において世界最強の人に、特別な色が『勇者団』から受け継がれているのがその証! 私の目指す『白十字しろじゅうじ』も必ずあるはずなんだよ!」


 と、昔々の伝説について熱弁している白髪の少女は今、とある路地裏で国外逃亡の準備を進めている。傍には、彼女の話を聞きながら同じ準備をしている金髪の少年の姿も。


「セフィは『光色勇者団』について詳しいんだな。俺は小さい頃に読み聞かされた程度だからあんまり知らないんだ」

「『白十字』になるためにいろいろ調べてたの。だから色を持った英雄の話はもちろん、魔術とか『魔法』とか、あと旧時代の事も勉強したんだ」

「魔術学校じゃそこまでやらないだろうし、独学か。すごいな」

「えへへ、そうかな」


 身元がバレないよう、キルヤ魔術学校の制服からその辺で買ったローブに着替えたセフィは、地面に座って魔道具の点検をするサウェルの前にかがむ。


「それを言ったら、あなたもすごいよ。煙と光で目をくらませる魔道具、物の色を変える魔道具、こっちは動きの加速を倍加させる魔道具だっけ。どれもこれも自作だなんてね」

「まあ、ちょっと手先が器用なんだよ。それに、物を作るっていうのは慣れたら楽しいからな」


 セフィもついさっきお世話になった煙玉の魔道具をいじるサウェルは、ふと顔をあげた。


「魔道具と言えば、さっきのは君の仕業?」

「あれって?」

「ほら、煙玉こいつの吐き出す煙が一気に広がったじゃん。あれは俺の設計には無い機能だから」

「あっ……もしかして、良くなかったかな……?」

「いや、むしろ助かった。そのおかげで無事に逃げ切れたしな。ただ、純粋に疑問なんだ。俺が作ったこの魔道具は世に出回ってないから君も初めて見るはずなのに、どうしてあんなにあっさり『強化』が出来たんだろうって」


 あの一瞬でセフィが魔道具の機能を強化した事を見抜くとは、サウェルはなかなかようだ。

 自分の事を聞かれてちょっと嬉しくなったセフィは、杖をふりふり揺らしながら答えた。


「玉が光る直前に魔法陣が出たでしょ? その魔術式を読んだら、この魔道具のおおよその機能は把握できたんだ。あとは適切な魔力を流し込んで、人の魔術を強化するのと同じ要領で効果範囲を広げたの」

「へぇ……ちなみに、この魔道具の正しい機能は?」

「根幹は燃焼。そこから発光と発煙を切り取って倍増させた感じでしょ?」


 すくっと立ち上がり、セフィは得意気に答える。

 これにはサウェルも驚いた。なんとなく聞いてみた質問の答えが完璧だったからだ。


「正解。恐ろしいまでの観察力だな」

「十年間、魔術の勉強ばっかりしてたからね。これには自信あるよ」

「魔法陣を見ただけで魔術や魔道具を看破できるうえに、味方ならそれを強化、敵なら妨害まで出来てしまうなんて。そりゃ騎士団が欲しがるワケだ」

「……本当にそうなのかな。騎士団は私の実力を求めてるのかな」

「どういう事だ? 騎士団に勧誘されたって言ったのは君だろ?」

「それは、そうなんだけど……」


 杖の宝石へ視線を落とすセフィ。

 これを出会ったばかりのサウェルに教えるべきか悩んだが、今は自分を助けてくれた彼を信じたい。

 言葉を選ぶような間が空いた後、セフィは再び彼と目を合わせた。


「――セフィラアート。騎士団は私の腕じゃなく、私の頭が欲しいんだと思うの」

「セフィ、あーと?」

「私が編み出した新しい魔術方式の名前。アートっていうのは旧時代で『芸術』を表す言葉だよ」

「セフィの芸術、か。どういう物なんだ?」

「普通、魔術師は自分の中の魔力を変換して魔術を使うんだけど、そうじゃなくて空気中の空間魔力を利用して魔術を使えるようにしたんだ」

「そんな事が可能なのか……!?」

「旧時代のソリューシ物理学を参考にしてね。空気中には魔素っていう魔力を媒介する物質が漂ってるって事を発見したの。その魔素を動かすことで魔力の流れを操って、魔法陣を作る。そうすれば、魔術を使えるんだよ」


 魔術とは、自身の体内に流れる魔力を望む形に変換させる事で行使できる現象だ。なので生まれつき魔力が少ない魔術師は必然的に、使える魔術の規模や回数、種類まで制限される。

 だからこそ、セフィの編み出した『セフィラアート』は革新的なのだ。

 魔力の少ない者でも大きな魔術が使え、魔力切れを気にする必要も無いのだから。


 学園長が言っていた『この世界の魔術形体を根底から覆す』という言葉も大袈裟では無い。

 正しく広まれば、文字通り世界を変えうるチカラだ。


「もとはと言えば魔法陣も、使う魔術に空間魔力が反応して作られる模様みたいなもの。魔術の発生に伴う現象だからね」

「ああ。そして、その『現象』をモノに刻み込むことで魔術を再現するのが魔道具だ。だけど君が説明したセフィラアートは、『魔法陣げんしょう』を組み替える事で『魔術けっか』を生み出す物。魔力の変換や魔術式の構築といった『過程』を無視する離れ業だ」


 普通の魔術が『木をこすって火を起こす』モノだとしたら、セフィラアートは『周囲の熱を集めて火を起こす』ようなモノ。端的に言って、やってる事のレベルが違う。

 認識としては、魔術なんて無かった旧時代における魔術の認識のようなものだろうか。


「凄いな……凄いとしか言いようがない……」


 魔道具を作る者として、サウェルにも魔力や魔法陣への理解は人並み以上にある。だからこそ、セフィの言葉の大きさが理解できるのだ。

 話だけ聞けば眉唾物だが、実現しうると分かる者には激震が走る。そのような類の研究だった。


「こんな大発明、どうして魔術学会に発表しなかったんだ? 新方式魔術の第一人者として歴史に名を残せるのに」

「学園長が、『白十字』継承試験の時に発表した方が良いんじゃないかって言ったの。私もそっちの方がより印象に残せるかなって思ったから、今まで学園長を入れても数人にしか話してなかった」

「でも騎士団がそれを狙ってるって事は、学園長が流したんだろうな」

「……うん。詳しい理論は誰にも話してないから、技術だけ盗まれるってことは無いんだけど……ちょっとショックだったかも。学園長は味方だと思ってたのに」


 沈んだ気持ちで、壁にもたれかかる。

 サウェルは作業の手を止めて、小さく息を吐いた。


「この世に明確な味方なんて存在しないよ」

「え……?」

「人間の心は白黒つくものじゃない。たったひとつの感情に染まってる人なんていないんだ。損得勘定を笑顔で包み込み、そこに感情を後付けして生まれるのが人間関係。無条件で誰かの味方をする人なんていないんだよ」


 彼の言葉は暗く、空虚だった。

 これを達観しているという一言で済ませて良いのかセフィには分からないが、どこか諦めにも似た色を映していたのは確かだ。


「サウェルは、ちょっと寂しい考え方をしてるんだね」

「そう?」

「学校で友達もいなかった私に言えたものじゃないんだけど……計算とかを抜きで人を信じてみるっていうのも、いいかもしれないよ」


 彼女がサウェルと出会った時に感じた想いだという事は、恥ずかしいので言えないが。

 今のセフィがサウェルの事を味方だと信じたい気持ちは、国外逃亡の助けになるからという打算無しでの本心だった。何の根拠も無い、一方的な信頼。


 言葉にしなくともそれが伝わったのか、サウェルは少しの間だけ驚いたように目をぱちくりさせた。そして、溶けるような自然な笑みを浮かべた。


「そうできたら、幸せだろうな」

「むっ、幸せな頭してるなっていう悪口?」

「違うよ。ただの感想」


 可笑しそうに笑いながら、サウェルは立ち上がった。準備は整ったようだ。


「面白い考え方だなって思っただけだ。後でゆっくり聞かせてくれよ」

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