第3話 罪過の色

 セフィは騎士団の誘いを断った。その結果がこれだ。

 どうやら一国民に拒否という選択肢は用意されていなかったようだ。副団長らはセフィを連れ帰るために、逃げれば逃げるだけ必死になって追いかけて来る。

 これではまるで――


「……犯罪者みたいじゃん」


 杖を握りなおして、セフィは誰にも聞こえないような声量で呟く。

 悔しそうに、そして少し寂しそうに。


 そうしているうちに増援も到着し、騎士は全部で二十人ほどに。セフィは再び窮地に立たされた。

 魔術や魔道具を暴発させたり支援魔術で行動を阻害する戦い方で相手取るには、さすがに人数が多すぎる。


「……やるしかないか」


 先程の足止めは牽制のつもりだった。しかし騎士団側は退くつもりなど一切無い様子だ。

 こうなれば、セフィとしても全力で抵抗するしかない。今までのような牽制ではなく、相手を『攻撃』して。


 セフィを取り囲む騎士たちが、動いた。

 その時だった。


 銀色の球体がセフィの前に落ちてきた。

 握りこぶしほどの球体は着地の衝撃で目が覚めたかのように、その表面にいくつかの小さな魔法陣を描き出した。

 この場で唯一、そのに気付いたセフィは目を閉じた。


「……っ!」


 焼き付くような閃光が辺りを埋めつくした。そして立て続けに、黒い煙が溢れ始める。原因はどちらも、銀色の球体。


「なっ、これは魔道具か!?」

「目標を見失う! 吹き飛ばせ!」


 目の前にいるはずの人も見えなくなるほどの濃い煙だった。騎士たちは風の魔術で煙を払おうとするが、どうにか魔法陣の光を目視できたセフィが、魔法陣の魔力を乱す事でそれを妨害。

 魔術が不発に終わった事を確かめていると。


「こっちだ。白い魔術師さん」

「ひゃ!?」


 突然、背後から手を掴まれて、セフィは反射的に振り向いた。

 煙のせいでよく見えないが、セフィより少し背の高い少年のようだった。


「あ、あなたは?」

「君と同じお尋ね者」


 手が引かれて距離が近くなり、少年の顔がぼんやりと見えた。フードを被っている事と、その奥から綺麗な金色の前髪が覗いている事が分かった辺りで、引っ張られる力が強くなったので観察は中断された。


「今は逃げるぞ」

「えっ、ちょっと!」

「大丈夫、敵じゃない」


 つい身を引こうとしたセフィだったが、少年のその一言を聞いて立ち止まる。明るい声だが、とても落ち着いている声だった。


 その間にも、彼はもう片方の手でポケットをまさぐり、中から見覚えのある銀色の球体を取り出した。それは再び地面を転がり、煙を撒き散らす。

 どうやら先ほどの目くらましの魔道具は彼による物だったようだ。


 少年が何者かは分からないが、少なくとも今この瞬間だけは、騎士団の包囲からセフィを引き離す手助けをしてくれていると見ていいはずだ。なら、今は従ってみる事にしよう。


 彼に手を引かれながら、セフィはひとまず煙の外に出ようとする。

 しかしその前に、煙を吐き出し続ける魔道具へ目を向けた。


「たぶん、これをこうすれば……」


 杖の青い宝石に光が灯る。

 すると、煙の勢いが格段に強くなり、あっという間にさっきまでの三倍ほどの面積を埋め尽くした。


「うわっ、あんなに煙出てたっけ?」


 走りながら後ろを振り向いた少年はそれに驚いた様子だったが、足は止めずに路地裏へ向かう。引っ張られるセフィも後を追う。

 路地裏は迷路のように入り組んでいたが、少年は迷う素振りもなく進み続けていた。ややあって、その足が止まる。


「よーし、ここまで来れば見つからないだろ。君、だいじょ」

「ぜぇ……はぁ……ちょ、ちょっと、速いよ……」

「だ、大丈夫? ホントに」


 膝に手を突いて俯くセフィの肩は大きく上下していた。

 さっきまで慣れた動きでセフィを連れ出した少年も、予想以上に疲れている彼女を見て初めて戸惑いを見せている。


「走らせた俺が言うのもなんだけど、体力無さすぎじゃないか?」

「魔術師は……みんなこんな感じなんだよ……」

「いやそれにしたって」

「私は至って、普通だから」


 少しずつ呼吸が整ってきたセフィは、自分の運動不足を頑なに否定しつつ頭を上げる。そこでようやく、自分をここに連れて来た少年を正面から見据えた。


 大人っぽさの中に僅かな幼さが残る顔立ちや体の細さを見るに、だいたい同い年くらいだろう。使い古された黒い服や正反対に綺麗な金髪、目元に残る薄い痣にも目が行くが、それ以上に彼が漂わせる儚さに意識が向いた。


 まるで、灯りがないと存在し続けられない影のよう。それも、彼という影を形作る灯りすら、風に吹かれてすぐに消えてしまいそうな、そんな儚さ。

 彼のどこを見てそう感じたのかは分からない。分からないが、セフィは少しの間だけ、そこに佇む彼から目が離せないでいた。


 すぐに我に返ったセフィは、呼吸を整えてからようやく疑問を口にする。


「助けてくれた……んだよね? それには感謝するけど、あなたは誰なの?」

「自己紹介の前に、状況を整理しよう。君は王国騎士団に追われてたんだよな? 俺の勘違いとか早とちりじゃなく」

「う、うん。たぶん今も、血眼になって探してると思う」

「君のような女の子一人に対してはあまりにも多い追っ手だったよな。キルヤ魔術学校の制服を着てるけど、実はそれなりに名の知れた犯罪者とか?」

「違うよ! 私は何もしてない!」


 騎士団に見つかるかもしれないのに、犯罪者呼ばわりされてつい声を張ってしまった。

 そんなセフィに、腕を組んだ少年は肩をすくめてみせた。


「何もしてなかったらあんなに追われないよ。悪意のあるなしはともかく、騎士団の標的となる『何か』はしたはずだ」

「……確かに、何もしてないっていうのは違うかもね」


 冷静に諭されて落ち着いたセフィは、学園長室での出来事を思い返す。


「私、実は騎士団に勧誘されたの。さっきの場所にもいた、副団長って人に」

「え……マジ?」

「だけど、私にはやりたい事があって、それは騎士団に行ったら出来なさそうな事なの。だから断ったんだけど、向こうも諦めてくれなくて。私が逃げ出したらさっきみたいに追いかけて来たの」

「逃げたのか……じゃあ必死になってついて来るワケだ」


 目を丸くして驚いたと思ったら、呆れたようにため息をつく。すぐに消えてしまいそうという第一印象とは違って、表情のよく変わる少年だ。


「騎士団からのお誘いはな、表向きは勧誘ってていだが、実際は徴兵みたいなもんだ。コッチに拒否権なんて無いし、向こうに諦めるなんて選択も無い。副団長直々のお迎えとなれば騎士団長――いや、国王にも話が通ってるはずだ。つまり今の君は、国に背いたのと同じ状態」

「そんな……断っただけなのに」

この国マアブの騎士団はそんなもんだよ。何をするつもりなのか、最近は使える人間を必死に集めてるってきな臭い噂もあるし……そういうの聞いたこと無い?」

「う、うん。課外授業以外では学校の外に出してもらえなかったし。情勢とか噂とか、授業で習う以上の事は何も知らないんだ」


 と、不安を顔に浮かべながら、薄汚い路地裏をキョロキョロと見渡すセフィ。

 普段から外に出ている人と比べて知識が少ないだけに、落ち着かない様子だった。


「そこまでの箱入りとは……もしかして君、どこかの貴族かお姫様とか?」

「ち、違うって! そんなんじゃないから! 普通の学生!」


 ジッと顔を見ながら、少年はからかってるとかではなく真面目にそう尋ねた。お姫様と言われてちょっと恥ずかしくなったセフィは慌てて否定する。


「そもそもだよ、私がそんな偉い人だったらあんな乱暴に追いかけ回されたりしないでしょ?」

「それもそうだな。脅しとはいえ剣まで抜いてたし」

「け、剣を抜かれるとまずいの?」

「穏便に済ませる気がなくなったっていう意思表示。警告みたいなものだよ」


 警告。

 そう言われて、大勢の騎士に囲まれた光景が蘇った。今更になって、じわじわと焦りがこみ上げて来た。


「……そう言えば副団長さん、『今なら罪には問われない』って言ってたんだ。それって裏を返せば、今はもう罪に問われるって事だよね。私はもう、犯罪者になっちゃったの?」

「そうだな。こういうのは意外と呆気ないモンだ」

「も、もう一度ちゃんと、お互いが納得するまで話し合えば、許してもらえたりしないかな……私は騎士団に背こうだなんて思ってないし、向こうもただ戦力が欲しいだけで、私である必要も無いなら……」


 セフィ自身も、ほとんど答えは分かり切っている。それでも心のどこかで否定してほしいと思ったのだろう。彼女は少年の方をうかがいながらそう粘るが、


「まあ、無理だろうな」


 少年は彼女が求めている言葉をくれなかった。


「あいつらにとって君がどれほどの価値なのかは分からないけど、これだけ逃げてしまえばもう譲歩はしてくれないはずだ」

「……っ」

「今回は運良く撒けたけど、騎士団が本気を出せばあんな手は通じない。今ごろ都市警備隊に連絡が行ってるだろうし、『冒険者ギルド』に話が向かってたら最悪だ。すれ違う全ての人が敵か味方かなんて区別のつけようがない」

「じゃあ……」


 淡々と語られる言葉を聞いているセフィは、心の中にあった小さな光が消えていくような気分だった。


 予想外に次ぐ予想外に巻き込まれた不安。剣を向けられた時に感じた恐怖。そして自分を取り巻く環境が一気に変わってしまい、まるで自分だけが置いて行かれるかのような焦り。

 蓋をしていた様々な暗い感情が絡まり――


「じゃあ、私はどうしたらいいの!!」


 ついには溢れ出した。

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