第2話 将来の色
「どういう事ですかそれ!!」
キルヤ魔術学校、卒業式前日。
式の準備が終わった昼頃に学園長室へ呼び出されたセフィは、学園長の話を聞いてつい声を荒らげていた。
「おお、落ち着いて落ち着いて。そんな怖い顔をしなくても」
珍しく大きな声で詰め寄るセフィに驚き、学園長は涼しい頭を撫でながら彼女をなだめる。
「そのままの意味じゃよ。君の目指していた『
「で、でも……学園長おっしゃってたじゃないですか! 魔術学会に現代の『白十字』がいるって! この学校の上等部を卒業すればその人に会って、継承試験を受けられるって!」
「ま、まあ、それも真実では無かったという話じゃな。確かに学会に優れた白魔術師はいるが、『白十字』なんて名は持っておらん」
『白十字』とは、世界最高の白魔術師に与えられる特別な称号。
伝説として語り継がれている英雄譚『光色勇者団』に登場する白魔術師ケテルの呼び名でもある。
「そんな……剣士の『
「それはわしにも分からんよ。知っておるのは、『白十字』が伝説上のものであり実在はしないという事実だけじゃ」
落ち着いた声で語る学園長を、セフィは厳しい目つきで見返した。
「……学園長はどうして今まで、そんな嘘をついていたんですか?」
「君が伝説に出てくる『白十字』ケテルに並々ならぬ憧れを抱いているというのはよく知っておる。その純粋な心を利用してしまった事についても、悪いと思っている」
「ならどうして」
「本当のことを言えば、君は白魔術の勉強を辞めてしまうと思ったからじゃよ。セフィよ、君は極めて優れた才能を持っている。磨かず腐らせてしまうにはあまりに惜しい才能が」
大きな机に肘をついて、学園長は少女の瞳を覗く。
「そして事実、君は素晴らしい魔術師に育った。全く新しい魔術方式――『セフィラアート』を編み出したその功績は、この国の……いや、この世界の魔術形体を根底から覆す大きなものじゃ」
「まあ……そうかも、ですね」
少し大袈裟にも聞こえるが、セフィとしても自分の
怒っている所に褒められて、少し気持ちのやり場に困りはしたが。
「わしは君を拾った十年前から、その可能性を見出していた。だから本校の寮を君の家とし、下等部中等部、そして上等部を卒業する今日まで教育を支援し続けた。やはりわしの目に狂いは無かったようじゃな」
学園長はシワだらけの顔に誇らしげな笑みを浮かべる。
(なんだか上手くはぐらかされてる気がする……)
一方、その言葉を素直に受け取れない様子のセフィ。
『白十字』が存在しないという話のショックが大きい、と言うより、そもそも信じていないのだ。
彼女の『白十字』への想いは、学園長一人に否定された程度では揺らぎもしなかった。
「学園長、まだ何か隠してたりしませんか?」
セフィは諦めずに尋ねる。
「他にも何か知ってるんじゃありませんか? どうして『白十字』の名を聞かなくなったかとか、ケテルから受け継いだ後継者の話とか」
「……そう言われてものう。魔術学校の学園長であるわしですら、実在する『白十字』の話は聞いた事もない。あ、これは本当じゃからな?」
嘘を吐いているようには見えない。
相手は歳を重ねた学園の長なのだし、若者には見破れないほどに上手く隠しているのかもしれないが、少なくとも違和感はない。
「と言うよりもじゃな。そんなに『白十字』に憧れるのなら、いっそ作ってしまえばいいんじゃないのか? 君ほどの実力なら学会に掛け合えば――」
「それじゃダメなんです!」
また咄嗟に大きな声が出てしまい、驚く学園長を見たセフィは声量を落とす。
「勝手に作ったやつじゃダメなんです。ケテルから受け継がれた本物の『白十字』じゃないと……」
うつむき加減に零れる言葉には、切実な想いが染み込んでいるようだった。その感情の動きを見逃さず、学園長も真面目な顔になる。
「君は、どうしてそんなに『白十字』にこだわるのじゃ?」
大人としての深みのある疑問の視線が注がれる。
「君は魔術師として最高の地位である『超越術師』になるのも時間の問題じゃし、白魔術師としての称号が欲しければ、さっきも言ったようにいくらでも作れる。それでもなお『白十字』に執着するのには、何か理由があるのじゃろう?」
「それは……」
「もしかして、君の記憶に関係する話かの」
「……っ」
記憶。
その言葉が出てきて、セフィは小さく眉をひそめた。
親の顔も生まれ育った家も分からない。どうしても思い出せない、十年前より昔の空白。まるで記憶の引き出しにいばらが巻きついているかのように、思い出そうとすれば頭が痛くなる。
頭の奥でズキズキと響く痛みを誤魔化すように、セフィは右目を押さえた。
「……まあ、そんな感じの理由です」
素っ気なく肯定する。
閉ざされた記憶に関係する事にはあまり触れてほしくないのだろう、と簡単に分かる反応だった。学園長もそれを察することが出来たから、これ以上は何も聞かなかった。
二人が黙り、学園長室に静寂が充満する。
それを破ったのは、不意に響いた強めのノック。
顔を上げた学園長が返事をするより先に、扉が開け放たれた。
「学園長、そろそろ約束のお時間です」
堂々とした足取りで入室してきたのは、王国騎士団の制服の上から鉄の軽装鎧を身につけた壮年男性。
彼は学園長へ一言告げたのち、視線をセフィへ向けた。
「話は聞いたな? 今から我々に付いて来てもらおう」
「え、話って何です?」
「何?」
突然よく分からない事を言われて首を傾げるセフィに、男は同じくらい疑問のこもった視線を返す。次いでその目は学園長に向いた。
「何も話していないのですか?」
「おお、実はさっき呼び出したばかりでのう……」
「そうですか。なら説明は私から」
騎士団の男はため息をつくと、もう一度セフィの方を向いた。
「私は王国騎士団の副団長だ。君を魔術部隊の副隊長に招くべく迎えに来た」
「わ、私を騎士団に!?」
ここ数ヶ月で一番の衝撃だった。
セフィは目を丸くして副団長と名乗る男を見上げる。
「魔術部隊って……私、白魔術しか使えませんよ? そもそもまだ十六歳ですし……」
「魔術部隊の副隊長は隊長の補佐として現場に出向く事がほとんどだ。むしろ白魔術師の君に適任と言えるだろう」
「で、でもいきなり、そんな事を言われても……」
『白十字』について語られている『光色勇者団』に王国騎士団についての記述は無い。なので『白十字』の名前が世に埋もれてしまった事に理由があるとしても、その手がかりが騎士団にあるとは考えにくい。
つまり、今のセフィにとって騎士団に入ってもいい事はほとんど無いのだ。
たとえ十六歳で副隊長という誰もが羨む大出世だとしても……。
と、そこでセフィは気が付いた。
セフィにとってはいきなりだが、きっと学園長はこの話を知っていたのだと。
今日ここに呼び出しだのも『白十字』が存在しない事を話すためではなく、この事を伝えるためだったのだろう。
「まさか学園長は、最初から私を騎士団に入れるために育ててきたのですか?」
セフィに尋ねられ、学園長はニコリと微笑んだ。
「もちろんじゃ。君にはその才能があったからの。卒業して直後に副隊長に任命されるなど、普通じゃありえない事なんじゃぞ? 我が校の誇りじゃ」
「セフィラアートと言ったか。君の編み出した新方式魔術が秘める可能性には団長も期待している。君が黒魔術すらも極めた日には、すぐに魔術部隊を任せたいと言っていたぞ」
学園長に続き、副団長も口角を上げてセフィへ語る。
セフィの前で、本人抜きで話が進んでいく。まるで騎士団に入るのが決定事項であるかのように。『白十字』の話など、気にすることでも無いと言うように。
「ん、どうしたんじゃ? 浮かない顔をしておるが」
「私は……」
セフィは『白十字』になるために白魔術を学んできた。その過程でとても大きな発見と発明をしたが、『白十字』の継承試験で披露するまで発表は控えていた。その方がいいと学園長が助言したからだ。
それも結局、新魔術を騎士団が独占するための話だったのだろう。魔術学会に発表して世界中に広まるより、騎士団の武力増強に利用した方が国のためになる。
何より、自分が育てた卒業生が騎士団に大きな貢献をしたとなれば、学園長やこの学校も大きな力を得るはずだ。
――私はただ、首を縦に振るだけでいい。
心の底に棲む、冷静なもう一人の自分がそう語る。あくまで『一般的』な考え方をすれば、ここで拒む必要は無い。
セフィが騎士団に入るだけで皆が幸せになれる。
ただ一人、セフィ本人を除いて。
(私は……)
自分の進みたい道は何か。
一通り考えを巡らせた少女は、毅然とした態度で告げた。
「……私は、騎士団には入りません。お話はお断りさせて頂きます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます