まっくろ白魔術
ポテトギア
第一章:潔白 『罪人は隣に立っている』
第1話 抵抗の色
「今すぐ逃走をやめよ! 今なら罪には問われない!」
「嘘だ! 絶対捕まえる気でしょ!?」
とある真っ昼間にて、伝統と格式ある魔術学校の制服を着た一人の少女が王国騎士団から逃げ回っている。
気品を重んじる学園長が聞いたら卒倒しそうな状況である。まあ実際、学園長はこの状況を知っているし既に卒倒しているのだが。
けれどそもそも、こんな状況になった最たる原因はその学園長なのだ。彼にいろいろと恩がある少女――セフィも、この件で全て帳消しと割り切っており、気絶したおじいさんの事はほとんど気にしていなかった。
それよりも、今は自分の心配をしなければならない。
「はぁ、はぁ……逃げても逃げても追ってくる……騎士団の装備が特別製っていう話は本当みたいだね」
自分に身体強化の魔術をかけて街を全力疾走しているのだが、数人がかりで追い回す騎士団との距離は一向に引き離せない。
セフィの着ているキルヤ魔術学校の制服が膝まで伸びたワンピースであり走りにくい事や、本人の運動神経がお世辞にも良いとは言えない事など理由はいつくかあるだろうが、やはり追っ手側の装備が何かしらの魔道具であるという点が大きい。
「単純な脚力強化か、風属性の加速か……魔法陣を見ないと分からないけど、魔道具ならどっちにしろ何とかなる!」
セフィは前に大きく跳び、着地と同時にくるりと半回転。背中の辺りまで伸びた純白の長髪がふわりと広がる中で、迫る騎士団の先頭を走る男性へと注視した。正確には、その両足へと。
「魔力操作――」
長い杖を握る右手に力がこもる。セフィのつぶやきに呼応して、杖の先端にはめられている、握りこぶし大の青い宝石が薄い輝きを帯びた。
「循環加速!」
「……っ!?」
先頭の男性の足元で空気が弾けた。
不規則に乱れる烈風に足をすくわれ、男性は縦に二回転して顔から地面に衝突した。
魔道具に宿る魔術回路の魔力を過剰に加速させ、不具合を引き起こしたのだ。
今の一瞬でそう判断できたのは術者本人――セフィだけなのだが。
「なるほど、風の方だったか」
有り得ない転び方をした仲間に驚いて周りの騎士達が思わず立ち止まった隙に、セフィは再び足を動かす。
「よしっ、これで少しは――」
「そこで止まれ!!」
「うわぁ!?」
顔を前に戻した瞬間、曲がり角から騎士団の制服と鎧に身を包んだ五人の人物が現れ、慌てて立ち止まる。
すぐに回れ右をしたが、後ろの一団も既にすぐ後ろまで追い付いていた。
「挟まれた……」
騎士団が大勢駆け回っているからか、昼下がりの大通りだというのに全くと言っていいほど
仕方なく強行突破しようと足に力をこめた、その時。
「諦めたまえ。君では突破できない」
回り込んでいた騎士の一人が前に出た。
副団長。この中での代表的立ち位置の人物だ。厳つい顔つきの壮年男性だった。
「君がキルヤ魔術学校で習ったのは白魔術。他者を癒し、戦いを支える魔術だろう」
「その通り、ですけど」
「君の実力は確かに聞いている。が、それは前に立って戦う者がいてこそ発揮されるもの。攻撃魔術のひとつも使えない君一人では、何もできまい」
威圧的な声を浴びせられ、思わず萎縮して後ずさるセフィ。
彼の言っている事は本当だ。セフィは黒魔術に分類される攻撃魔術は一切使えないし、代わりに戦ってくれる仲間もいない。
自分に強化魔術をかけて戦おうにも、剣や弓などの心得は無い。魔術学校に通っていたのだから当然だ。
誰がどう見ても絶体絶命。
だが。
「……本当に、そう思いますか?」
これからは自分の道を進むと決めたのだ。ここで立ち止まってなどいられない。
自身を奮い立たせるように杖を強く握って、先端の宝石を真っ直ぐ突き付けた。
「私はひとりでも戦えます。後方支援専門の白魔術師は戦えないなんて思ったら、大間違いですよ」
彼女の瞳には強い意志が宿っていた。覚悟を決めた者だけが持つ、道を見据えた瞳だ。
「抵抗を続けるつもり、か」
副団長がため息と共に手振りをすると、四人の騎士が腰の鞘から剣を抜いた。
彼らの目的はセフィを捕らえる事であって、ここで斬り捨てる事ではない。この剣も脅しの為だろう。
「最後の警告だ。我々と共に、騎士団本部へ来てもらおう。大人しく従うなら――」
「絶対イヤです!!」
「ぐぶぁっ」
全て言い終わる前に、副団長がその場で派手にすっ転んだ。両足に不規則な風が渦巻いているを見るに、原因はまたもやセフィだ。
「副団長!?」
「と、捕らえろ!!」
それが合図になり、騎士団は慌ててセフィに殺到する。
傷付けてはいけないとでも命じられているのか、剣を振りかざす者はいない。それでも体格差のある騎士達に迫られてしまえば、戦えない少女一人なんて逃げられないだろう。
その包囲網が正しく維持できれば、の話だが。
「身体強化」
少女がぽつりと呟いた。
一歩踏み出した騎士は前方へ吹き飛び、セフィを素通りして反対側の騎士に激突する。
セフィを捕まえるために手を伸ばしていた騎士は、急に体が固くなったかのように足がもつれて転んでしまった。
騎士が騎士を押し倒し、その波がまた別の騎士に押し寄せる。
誰一人としてセフィを捕まえる事ができず、あっという間に包囲が崩れてしまった。
セフィがやったのは、騎士達にただ『身体強化』の魔術をかけただけ。
腕力や脚力など全ての身体機能が急激に向上すれば、体のバランスを保てなくなり満足に体を動かす事すらままならなくなる。
ゆったり進んでいた馬車が突然速度を上げたら乗客が転ぶようなもの。
一瞬で高性能になった自分の体に振り回されて、半数の騎士が勝手に自滅したのだ。
「くそ……!」
転倒を免れた一部の騎士が、舌打ちをしながらセフィへ手をかざす。手のひらに魔法陣が浮かび上がった。どうやら魔術を使える者もいるらしい。しかし。
「魔力供給」
セフィの杖の先端が薄く光り、騎士の魔法陣が砕け散った。
必要以上の魔力を加えれば、どんな魔術も機能不全に陥る。
「物質硬化」
後ろから不意を突こうとした騎士は、指一本動かせなくなった。
全身を包む服が鋼鉄並に硬くなれば、関節が動かせずに立ち止まるしかない。
一度転んだ騎士たちも次々と起き上がるが、動き出したそばから動きを止めていく。剣も振れず魔術も阻害され、動きすら封じられた騎士たちを、セフィは油断せず見渡す。
「言いましたよね、私はひとりでも戦えると」
戦う者を『支援』するための白魔術を『妨害』に使い、セフィは王国騎士を十人も無傷で相手取った。
白魔術を知る全ての人を驚嘆させるに足る事実だが、残念ながら感慨に浸る時間は用意されていなかった。
遠くの方から、すぐ側で石像のように固まっている人と同じ服装の人達が集まって来たからだ。
「ま、まだいるの……?」
「……君を追いかけている騎士がここにいる我々だけだと思ったか?」
顔から転んで鼻が赤くなっている副隊長の男が、よろよろと立ち上がりながら言う。少し鼻血が出ているのを見るに、なかなか当たり所の悪い転び方をしてしまったようだ。
「そんなに私を連れていきたいんですか」
「我が騎士団の団長がお待ちなのだ。それがどういう事か分かるか? 我々は全霊をかけて任務を遂行するという事だ」
バタバタバタ、と更なる障害の足音が聞こえてくる。
セフィは眉間にシワを寄せながらため息をひとつ。
「はぁ……なんでこんな事になったんだろ」
そして、つい十数分前の騒動について記憶を蘇らせるのだった。
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