第6話 ハニー、この顔が好きなんだろ?


 “・・・やれやれ、思ったより手がかかるなぁ・・・大丈夫?”


 私は再び白い空間で目を開けた。【ガイド】の声が呆れたように響く。

 さっきのトイレで見た衝撃の代物ーー<一物いちもつ>ーーで気を失ったようだった。


「だ、だだだって、あんなモノ!!何なのよ、あの毛むくじゃらの鞘に収められた、グロくてデッカイ恐ろしいモノーー!!キモいキモい、キモ過ぎるわよッ!!!」


 そう叫び、私は恐ろしさで頭を抱えて振り乱した。


“・・・うわぁ、神聖な生殖器に対してその言いよう・・・創造主もショックでやさぐれちゃうよ?”


 ガイドの声もドン引きしているようだった。


 その声の主が男か女なのかは未だに分からない。どっちにも聞こえるし、どっちでも無いような気もする。ただ、物凄く馴染みのある、良く知ってる声だと思うのだから不思議だ。


「だって、私の元の身体には無いなんだから、仕方ないじゃない!!それに、獣のなんて見た事も触った事も無いんだから無理よ!無理ムリ無理ムリ~~!!」


 ーーーーこのままでは、私、用も足せないで膀胱が破裂して死んでしまうのかしら・・・


“なるほど、それは・・・困るなぁ・・・”


 ガイドは私の思考を読み取って言い、少し思案してるようだった。


“本来なら、それも試練の一つとしてカウントしておきたい所だけど、確かに余分な意識がある貴女にとっては、少し序盤でハードル高過ぎかもね・・・”


「でしょでしょ?せめて容姿だけでも何とかならないの?元の私の完璧な美貌に戻してくれるのが一番だけど」


 私はこの空間では元の女性の声になっているので、恐らく姿も元通りであると想像して(自分の姿は見えないので)、腰に手を置いて自信満々に反り返ってみた。


“はいはい、<完璧>ね。うーん、貴女のそういう所なんだけど・・・まぁいいか”


 声は苦笑したような、何かを噛み殺したような言い方だった。

 しかし、これはもしかして再考の余地があるのでは?と私は期待に若干心が躍った。


“そこまでは無理だけど、とりあえず用が足せるくらいには譲歩してみよう。そんな所でつまづいてしまっては我々も本意では無いからね”


 ーーあらっ、なんか少しは改善してくれるみたい?良かった!!・・・でも、【我々】って他に誰かいるのかしら?


 と、ここで急激に頭の中がぐにゃりと歪んだような、夢を見る時に入るような曖昧な意識が到来した。

 その遠ざかる意識の波間の端っこから、ダメ押しのように投げかける言葉が聞こえたのが最後だった。


“・・・普通の人間のおす型なら大丈夫だよねー?・・・”


 ーーーーえっ、ちょっと、いやだから男じゃなくて、元の私の姿とまではいかなくてもせめて女の姿にもd




 ※※※




「・・・ハッ!!」


 私はトイレの便器の前で立ったまま目を開けた。

 どうやら、さっきの姿勢のまま一瞬気を失っていただけで倒れずにはいたようだったが、今、目を開けた拍子で後ろに体重が移動しそうになったので慌てて片足を後ろに出して踏みとどまる。


 そこで脚に引っかかったズボンの存在に気付き、ズボンを脱いだ姿勢のままだった事を思い出す。


 恐る恐る目を開けて自分の股を見ると、は一応数回位は目にした事のある、人間の男性のに近い形状になっていた。そして、合わせて自分の手や脚もさっきまでの獣のような毛むくじゃらではなくなっていたが、尻に違和感を覚えてそこに手をやると、フサフサの尻尾が生えており、それは自分の意思で動くようだった。


 ーー尻尾・・・があるんじゃ、やっぱり全部が全部、人間の身体ってワケじゃあないのね・・・


 彼女は落胆はしたものの、ひとまずさっき程の衝撃は抑えられると途端に尿意が堪えきれなくなり、意を決して便器に腰かけて用を足した。


 ーー良く、駅とか公園のトイレで男性用の外から少し見える所だと、男の方は立ってしてるわよね・・・?でも、私、絶対にそれは認められない!男性だって座ってした方がいいと思うの!!お掃除だって楽だと思うの!!(※あくまで彼女の価値観です)


 自然の欲求が満たされて、少し気持ちが落ち着いたからか、どうでも良い事を考えて彼女は一人納得した。

 ズボンを穿き直す時に、後ろ側にV字の切り込みが有りそこから尻尾を出して穿くものだと知った。ベルトを通すと綺麗に切り込みも見えないように布が重なり、上手く出来ているものだと感心した。


 そして再び手洗い時に鏡を見ると、そこには耳の形状こそ大きく異なってはいるものの、さっき見たような鼻の長い獣の顔では無く、限りなく人間の男に近い風貌の、いや、かなり見覚えのある姿に近い容貌が映っていた。それはーーーー


「・・・やだ、この顔ってば、彼じゃない!!」


 彼女にとってはほんの数時間前にリストランテで一緒にいて、何も言わずに帰ってしまったあの彼氏の顔形にそっくりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワタシの地平線~獣人オネェになって転生したけど属性大杉であらゆる気持ちが分かるようになりました~ 子子八子子 @nekoya-neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ