第5話 大丈夫よ、落ち着いて・・・


 あれから布団の中でひとしきり泣いた後、私はとうとう観念して布団から這い出した。

 そして、親切な熊の女性からざっと現状を教えてもらい、そこでようやく今の自分の状況が把握出来た。


 ーーーーまず、ここは熊の女性の自宅で、さっきの乗り物では婦人会の会合の帰りだったようだ。


 彼女の名前は【ナディ】。


 そして、乗り物は【角馬車つのばしゃ】と言い、こちらではポピュラーな移動手段。

 馬の額に角が生えたような形状だが、実際には生体の馬では無く、オートマチックで操作も可能な<ドロイド>だと言う話だった。

 角のように見える物はアンテナのような部分であるらしい。

 単体でも走行は可能だが、雇用の確保と安全の為に公道を通行する時には御者を伴うのが普通だとか。


 先に乗っていた私と相乗りして、途中で自宅付近で降りるようだったが、ちょうど自宅に近づいた地点で私が異様な咆哮を上げて失神してしまった。

 慌てて角馬車を止めて近隣の医者を呼んだが命に別状は無い事が判り、ひとまずその医者も同乗して貰った上で自分の家まで届けてもらい、御者と医者との二人がかりで私をこのベッドまで運んで貰い、今に至るーーーー


 と、言う事だったようだ。


 大変なご迷惑をお掛けてしまった事を謝罪しつつ、どうやら記憶が曖昧になっているようだと(言う事にして)告げ、この世界の事と今の日付などザックリと今の自分の足元から検分させてもらう事にした。


 そこで判った事は、ここは地球では無く【メラク】と言う、惑星だそうだ。


 調べる術が無い私には分からないけど、地球でもどこかの星座にある星なのかしら?

 そして、今は星暦410272年小夏(14月)18日。一年はこちらでは24ヶ月だそう。

 日にちは通常の30~31日なのね。なんだかゆっくりした一年なのね。


 一日は36時間。今は夏に差し掛かる時期なので昼の時間は長く、時計の針は16時とあるけどまだお昼くらいの感覚だそう。代わりに、冬の季節は殆どが夜になってしまうので、皆自宅に篭って半分寝ているような生活になるんだとか。暦も冬の時期は【こもり】と言う呼び方になるんですって。


 そこでベッドに腰掛ける自分に向かって、あの良い香りのするお茶(淹れ直した)を片手に、目の前で丸椅子に腰掛けながら丁寧に話をしてくれる、この女性<ナディ>の姿をマジマジと見た。

 最初よりはかなり人型に近い、デフォルメされたような感覚で見れるようになったが、恐らく地球で言うと灰色熊のような種類なんじゃないかしら。


“あっ、そうか、熊型だから冬眠が必要なのね・・・”


 話を聞きながら頭の中で色々とピントを合わせていったが、そこでハタと自分の姿がどうなってるか、を確認する事に(怖いけど)気付いた。


「あ、あの・・・ごめんなさい、お手洗いをお借りしてもいいかし・・・かな?」


 自分の口から出る低い声には今までの口調だと違和感しか無いようなので、少し気を付けてみる事にした。

 ナディは快く広い家の中を案内してくれて、個室に入った。


 個室の中で、紺色の作業パンツの腰部分に手を掛け、ゴクリと唾を飲む。


 ーーーーどうしましょう。・・・パンツを下ろすのは・・・・・・


 カチャ、と言うベルトの音でザワザワザワザワ、と鳥肌(?)が立ち、私の中の何かがストップをかける。


 ・・・・・・後にしましょう。


 私は短く息を吐いて肩の力を一旦抜き、ベルトから手を離した。


 便器から少し離れた所に小さな洗面台と鏡がある。私は鏡の前にゆっくり近づき、恐る恐る顔を上げてみた。


 鏡の中には、鏡いっぱいに広がる大きな肩幅、服の上からも分かる、しっかりと盛り上がった筋肉質の胸板、そして黄金色に輝く美しい毛並みを伴った頭部にピンと立ち上がる耳、前に長く伸びた鼻、凜とした青い瞳を持つ、まるで大きな狼か猫科の何かが人間になったような風貌だった。


「・・・・・・ッ!!・・・・・・ッ!!・・・・・・ッ!!」


 流石に何度も叫ばれては、今度こそ警察を呼ばれてしまうかも知れないので、両手で自分の口を塞いで大声を上げるのを堪えた。


 そしてその手を、再び見る。

 <ナディ>と同じような感じだと思っていたが、良く見ると違っていた。

 彼女の手も最初よりはかなり人間らしく、毛足が長いくらいで5本の指も確認出来る手になっていたが、自分の手はどっちかと言うとそれよりは逞しく、より獣っぽいような気がする。

 力を入れると長い爪が出し入れ出来る仕様になっていた。


“なんだか大きな猫みたい・・・彼女達とは種族が違うのかしら?”


 自分の外見の確認が済んだ所で、いよいよだ。やはり、ここはどうしても確認しなくてはならないーーーー


 彼女は再び便器の前に行き、今度こそ意を決してベルトに手を掛けた。


“(なんでか分からないけど)・・・お母様、ごめんなさいっ!!”


 一気にパンツを下ろしてみた。








「-------------------ッッッ!!!!!!!!」








 彼女は生物が持つ声帯の、高音域の限界を遥かに超えた音域で悲鳴を上げた。





 ※※※





「・・・あら?何かの音かしら?」


 ナディはお茶を啜るのを止めて頭を振った。


        (※熊、特に灰色熊は聴力(高音域)が飛びぬけて優れている。)


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