第4話 どうしましょう、やっぱりご病気なのかしら?


 私は再び白い空間にいる。


 しかし、前回とは少し違って、何となくどこかに重力が感じられる。

 身体は確かに浮いているのに、意識のどこかに重力を感じているような不思議な感覚だ。


“もう落ち着いたかい?・・・それとも少し、刺激が強かった?”


 <何か>が自分に語りかける。

 その存在は確かに自分のすぐ側に居るはずだが、知覚は出来ない。

 そして知らない声の筈だが、ずっと<それ>は遥か昔から周知していたかのような、馴染みのある、安心する声だった。


「ええ、ビックリよ、もうビックリ過ぎてどこから聞いていいか分かんないわよ!」


 あら、この空間ではちゃんと元の女性の声なんだわ。少し、安心した。


“そっか~、安心かぁ・・・まあ、貴女にはあえて直前の記憶は少し残してあるからね~・・・”


 <声>は私の心を読み取って苦笑したよう感じだった。


“私は、あなたの【ガイド】。1人の魂には必ず一つのガイドが付いているよ。夢を見た時なんか、決まって誰かと一緒に行動したような記憶があるけど、起きると覚えていないでしょう?それは私達ガイドが、<夢>という集合記憶と、そこに繋がる余剰空間内で迷子にならないよう、付き添っているからなんだよ”


 ーーーー【ガイド】?ああ・・・でも、そう言われると腑に落ちる感じだわ。


「えっと直前の記憶って、マキと飲んでた時?・・・あと魂って・・・じゃあ、やっぱり私、あの後死んじゃったのかしら・・・」


“そう。あれは最後の晩餐会みたいな場面を用意したんだよ。、ね。楽しかったでしょ?すごく”


 ーーーーした?いえいえ、確かにすごく楽しかったけど、なんで私が、自分でそんな事する訳ないじゃない?


“貴女方、全ての魂はある程度自分の運命を任意で決めているんだよ。大枠は既に決まっているけど、特に重要な場面や、ここはこうしたい!って言うものなんかは、自分で予め用意が出来る。貴女は<自分を改める為>に、【より惨めで情けない終焉】を選んだから、その前には出来るだけ楽しい晩餐会を催したい、って意向だったんだ”


 ーーーーなにそれ。聞いてない!!


「・・・ええ、そうね。私としては、本当はその前のお店での晩餐会が理想だったけど、なんだかそう言うワケにもいかなくなっちゃったから・・・でも結果的に、より沢山の人の気持ちや感情に直接触れ合うことが出来たのは、大きな収穫だったから、あの行動はあれで良かったわ。死に際はだいぶ情けなかったけど・・・」


 ーーーーナニこれ?私じゃないけど、ワタシが私の言葉で話して思考している・・・そして、確かにその言葉通りにそう思う自分もいるけど、そんな事は全く考えが及ばない自分も同時に存在してるみたい・・・!


 そして、勝手に頭の中にーーいえ目の前に、その<最後の晩餐会>となった時の様子が、自分視点と、第三者視点と俯瞰映像とで同時再現される。

 この時に流れ込んで来る思考や感情は、アルコールの影響でぐにゃぐにゃと判別し難いノイズ混じりのものも多かったが、概ね温かく楽しい、喜びに溢れた弾むようなポジティブなエネルギーが殆どだった。


 ーーーーそうね・・・あの時一緒に居たマキや、その場にいた人達とは本当に心から楽しい時間を過ごしていたわ。例え、お酒の力を借りたその場限りの享楽だったとしても、今までの私の人生では到底有り得ない、生身の人間の楽しさが味わえたんだったわ・・・


 と、楽しい場面を眼前で公開上映される中でしみじみと浸っていると、突然ノイズが激しくなり、灰色の画面になる。


“ここで、あなたの物質的存在、【肉体】の機能の中枢を担う機関である【脳】が代謝異常を起こし、一時停止する”



 つまり、気絶したーーーー恐らく短時間内での急激なアルコールの過剰摂取・・・思えばその前のリストランテでも、乾杯から数えて5杯のワイン(まずは乾杯、シャンパーニュ地方の正統シャンパン→アミューズ<季節のお野菜のテリーヌ>に合わせたミュスカデの白→前菜の<野鴨のハムとパテ、オレンジソースとエルダーフラワー>に合うテンプラリーニョの赤→季節のポタージュを挟んで魚料理<コチのマリネ~ヤリイカのココットとイカ墨パスタ添え>に合う白のソアーベ→そしてメインの肉料理<鹿肉のロティ~野苺のソースと兎のパテ、とうもろこしのポレンタを添えて~>にはフルボディのバローロ)・・・で脳卒中的な事が起こったのだと推測ーーーー第三者視点と俯瞰映像でその間の状況が明らかになった。


 楽しそうにジョッキを片手に笑う私が、突然引き攣ったような強張る顔になり、ジョッキを落とす。慌てた周囲の人や店員がおしぼりを持って来るが、いきなりマーライオンの如く噴水のようにドバーーー!!と吐瀉をする私・・・。


 悲鳴を上げ、輪のように私から離れるお客達。マキだけが、心配そうに急いで背中をさする。しかし、私は口元を押さえてフラフラと立ち上がり、鞄から財布を出して店のレジにバン!!と財布ごと置いて外に出る。


 外に出た私を追いかけ、マキも慌てて店を出るが、同時に私は店の入り口横にある、自販機とその間のゴミ箱の上に積まれたゴミに吐こうとしたのか、俯いた瞬間にふらついてゴミの山に手を付く。その衝撃でゴミ山が崩れ、隣にある空き缶や空き瓶の箱が倒れて中身がこぼれ出し、空き瓶をヒールに突っかけてバランスを失う。

 ーーそこに運悪く、自転車に乗って警邏中のお廻りに跳ね飛ばされ、路面に後頭部から勢い良く転倒。頭部から流れ出る多量の鮮血。



“で、即死。痛くなかったでしょ?”


 ーーーーこ、こんな顛末だったのね・・・・・・


 ・・・情けない。


 確かに、惨めで情けない終焉には間違いないけど、改めて見させられると恥ずかしくて居たたまれない・・・///


「そうね、少し変更点は有ったけど、これで良かったわ」


 ーーーーちょっと!私、何スカした顔で『やり切ったな』みたいな感じで話してんのよ!!


“貴女はまだこれから、沢山獲得しなくちゃいけない事があるから、その為にもまだ、その<余分な意識>は残しておくからね?ちゃんと【ここぞ】という場面では助けも入るようにしておくから、安心して揉まれておいで。また、ここで話した事もいつものように起きたら忘れちゃうけど、ぼんやりと感触だけは残るようにしてあるから、多分さっきよりは違和感も薄れてると思うよ。それじゃあ、ここの世界でも頑張ってね”


【ガイド】の声が引き取ろうとすると、ふわりと身体の周りが温かい空気に包まれた。そして、一気にまた、色んな情報や映像がまるで360度の3Dスクリーンのように流れた。


 そして、私はそこで全てを筈だった。




 ※※※




「・・・ハッ!!」


 私は再び、目を開けた。

 ぼんやり広がる視界には、目を閉じる前より濃くなった花のような香りと共に、薄紫色の熊のような女性が涙を浮かべて自分を見つめていた。


「ああぁ!良かった、目を開けてくれたわ!!今度こそ、大丈夫かしら?それとも、もう一度お医者様を呼んで来ましょうか?」


 なんだか、夢の中で色々聞いた筈なんだけど・・・思い出せない。


 そして・・・チラリと自分の手を上げて見る。


「・・・やっぱり、ケダモノだし声はオッサンのままなのね・・・」


 よく通る低音ボイスで呟いた後、布団を顔まで上げて、声を殺して泣いた。

 熊の女性は、布団から出た彼女(?)の頭にソッと手を置き、優しく撫でてくれたようだった。

 その温かさは、先程の夢の終わり際で味わった感覚に似ていたが、その内容は不思議なくらい、全く思い出せないでいたーーーー。

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