第3話 それじゃ、行ってくるよ
・・・・・・
耳に届く雑踏の音。
カッポカッポ、カッポカッポ・・・
のんびりと規則性のある、どこかで聞いたことのあるような音。
ガタン、カタンガッタン、と揺れる振動の音と衝撃が私の瞼を開かせた。
横にはベールを被った大きな影。薄紫色の
女・・・性?
女性にしては・・・なにかしら、腕や胴回りが太過ぎない・・・かしら?
いえいえでもでも、そう言った容姿の方もいるわよね。うんうん。
袖口から見えている手首周りは何かしら、灰色の・・・毛足の長い手袋でも穿いているのかしら。
あらっ、でも今の季節って・・・
ーーーージジジ・・・ジーーワジーーワジーーワジーーワ・・・・・・
蝉の鳴き声よね。
じゃあ夏かしら。こんな暑い季節にあんな手袋じゃ暑すぎないかしら、それとも風邪とか引いてらっしゃるのかしらーーーー
その時、隣のその大柄な影がベールの下から手を動かし、小さなハンカチで額を拭ったような仕草を見せた。
ふいに、影はこちらを向いた。
「ふぅ、こんにちは。今日は一際暑いですわね?
と、人の良さそうな言葉を掛けてきたのは、全身灰色の毛に覆われた熊のようなモノが若干人間に近い風貌をしている、謎の生き物だった。
「!?」
頭が、意識が止まる。
ーーーーえっ
こちらを向かい、ニコニコと微笑んでるような雰囲気の謎の・・・ケダモノ女性?
ーーーーエッ エッ
ケダモノ女性は徐々に訝しげな雰囲気を醸し出している。
ーーーーえええええええ~~~~~~~~~~~?????
(き・・・きゃああぁぁああああああああぁあああああ~~~~~~!!!!)
と、叫んだつもりだったが、実際に自分の口から出た音声は、
「グゥおおおおぉぉぉぅガアあああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
と聞こえる、正に【ケダモノのような】
隣に座るベールの生き物は驚いてドンドンと天井を叩き、乗り物を止めた。
振動が止まり、自分の肉体の鼓動音の激しさだけがリアルに伝わってくる。思わず心臓に手をやると、その自分の手すらも黄金色の長い毛を持った、まるで熊のような手だった。
「グゥおおおおぉぉぉぅガアあああああああぁぁぁぁぁぁっっっーーー!!!!!」
再び、大きな咆哮を上げ、私は気を失った。
※※※
暖かく、フカフカで柔らかな温もり。
ふわりと届く花のような良い香りに、私は再び目を開けた。
「・・・良かった、目を覚ましたのね・・・」
そこには、先程の乗り物の中で隣合わせに居た、ベールを被った熊のような女性(?)だった。
今はベールを外し、薄紫のワンピース姿だ。手には銀のトレイに湯気の上がる中身の入った茶器を運んできた所のようだった。花の香りは、そこが発生源と思われる。
「・・・お医者様は特に心配なさそうですって、仰って下さったわ。きっと暑さから少し参ってしまったのね」
そう言いながらカチャカチャと茶器をテーブルに置き、こちらに持って来てくれた。
「・・・起き上がれるかしら?大丈夫そうなら、これをどうぞ。エルドラとカモミンのお茶よ、心が落ち着くわ」
ーーーー状況が飲み込めないけど、ひとまずこの方は敵では無さそうだし、見た目はともかく心はケダモノでも無いみたい・・・何より心配してくれてるみたいだから、起きた方が良さそうね・・・
私はゆっくり身体を起こした。
大きなベッドにまっさらな白いシーツの敷かれた、ふかふかの布団の中に寝かされていたようだ。
そして・・・やはり自分の身体は熊のような長い毛の逞しい腕。身体にはグレーのシャツと紺色の作業パンツのような服を着ていた。
ーーーーまだ夢なんだろうか。夢なら早く覚めて欲しい・・・
項垂れていると、目の前にそっとお茶を出された。熊女性が心配そうな(だんだん顔色が判ってくるようになって来た)顔つきでお茶を突き出して覗き込んでいる。
「あ・・・ありが・・・とう・・・??」
普通に話せる。
・・・けど・・・何?・・・低くない?私の声、まるで・・・
「やだっ!!まるでオッサンみたいじゃないっ!!!」
そう発した声は、どう聞いても野太い、しっかりした低音の利いた、立派な【男】の声だった。
受け取ろうと伸ばしかけたお茶を払いのけてしまい、両手で自分の顔を包み込み、私はそこでまた、気を失ってしまったのだった。
カチャーーン!!と茶器が割れる音が遠くに聞こえ、熊女性が何か叫ぶ声と同時に、身体をふかふかの感触が包み、そこでもう私は何も考えられなくなった。
ーーーー何なの?この変な夢・・・
・・・もういい加減夢から覚めて・・・!!
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