鐘の音かき消す友の声

神をうらむのをめた瞬間ときは、彼と出会った瞬間ときだ。


さびれた廃墟に一筋のまばゆい光が墜ちる。

私の目の前にちた光はその力を段々と失い、かたちないカタチは人の姿を形成していった。


俺とコイツとのファーストコンタクトは、B級映画よろしくのテンプレートに沿った廃墟はいきょでの邂逅かいこうだった。怪しげなキーホルダーにみちびかれ異世界へたどり着いた俺の目の前には、大層たいそうな鎧を着こみながらも、神にすがりつくようなみじめな瞳をした一人の青年がいた。

「転移者…………ですか?」

青年の声はふるえていた。

「そういうあんたは?」

転移者は問う。

「わ、私は………。お願いします、私を助けてください!!」

話の通じない奴だと思ったが、あちこち砕けた鎧からコイツが窮地きゅうちに立たされていることが伝わってきた。何に追い詰められているのかは知らないがわらにもすがる気持ちなのだろう。

「お願いします!お願いします!私に力を、力を貸してください!」

「わかった。わかったから。まずはお前の名を言え、名乗りも無しじゃ会話にならないだろ?」

青年の瞳があまりにも悲しそうに見えたので、ついけ負ってしまった。

頼みごとを断れないのは悪い癖なんだと自分でも思う。

「は、はい。えっと、私の名はダミナ。王国騎士団所属の騎士です」

、というのが少し引っかかるが、向こうが名乗ったのだこちらも名乗らなくては。

「そうか。俺の名前は翔也だ。お前の言う通り転移者ってのになるんだと思う。」

「や、やっぱりそうなんですね。あの、改めてなんですが………私を助けてほしいんです」

こうも素直に頼まれてはとても断りづらい。

「助けるのはいいが、状況がよくわからねぇ。何があったんだ?」

青年、ダイナは自身の今置かれている状況について一つ一つ語りだした。

その言葉一つ一つが妙に重く、俺はこの異世界がアニメや漫画のフィクションではなく、まぎれもない現実なのだとヒシヒシと感じた。

ダイナ曰く、自分は魔族から派遣はけんされたスパイであり、人間の騎士団に潜入せんにゅうすることによって魔族陣営に有利になるような情報を集めていたのだと言う。

始めはスパイとして魔族の為に力をくしていたのだが、ダミナはそこで運命の出会いをしてしまう。ダミナは魔族でありながら人間の女に恋をしてしまったそうなのだ。自分の種族、立場、仕事、様々なことにダミナは日々悩み続けた。しかし、多くのことに頭を悩ませていたダミナは知らず知らずのうちに集中力をいてしまっていたらしく、ある日、人間達に魔族とのつながりがばれてしまう。

人間からの拷問ごうもんを受けボロボロになりながらも魔族の力を使いなんとかなんのがれたダミナは王都の片隅かたすみに身をひそめた。

だが、運命は残酷ざんこくなもので息を潜める彼の目の前に更なる絶望への道が開かれる。

彼と恋仲になっていて女性が魔族との繋がりをうたがわれ魔女審問まじょしんもんの末、処刑が決まったのだ。

期日は明日の夕暮れ。

仲間の魔族に助けを求めるべく集会場であるこの廃墟はいきょに来てみたが、仲間は現れず代わりに転移者である翔也と魔族ダミナは出会った。


魔族、ダミナのカミングアウトはかなり強烈きょうれつなもので、俺の頭はまだ混乱していた。

目の前の人間そっくりな青年が魔物であるという事実が上手くみ込めない。

「今話したのが私の全てです。お願いします!もう頼れる人がいないのです!彼女を助けるのを手伝ってください!!」

目の前のはその響きからは想像できない程、みじめで可哀かわいそうに見えた。

「…………わかった。手伝うよ」

翔也から出た言葉は、泣きわめく赤子をさとすかのごとく優しいものだった。

「いいんですか?私、魔族なんですよ?人間の敵なんですよ?」

まるで信じられないものをみるような目でダミナはこちらを見つめる。その瞳が黒から深紅に変わっているに気づき、本当に人間でなはいことを知った。

「面倒くさいぞ、お前。手伝ってほしいんだろ?ならここは『ありがとう』だろ」

「は、はい!有難うございます!この恩は決して忘れません!」

感情表現がずいぶんと豊かな魔族だと思った。

「なら、こっから本題だな。その女の人をどうやって助ける?何か策はあるのか?」

「正直、トラップを仕掛ける時間も、取引とりひきを持ち掛ける時間もないので…………」

「国相手に正面突破かよ」

「えぇ。今はそれしか」

「ハハハ……よくそんな計画力でスパイが出来たな」

「返す言葉もありません」

「わかった。それしか方法がないならそれでいこう」

「すいません……………助かります。」

こうして人間と魔族は夜の暗闇にまぎれ、王都への道を歩みだした。


人間と魔族の戦いの歴史は、神話の時代から続いているらしく、隣の魔族ダミナいわく神が人間よりも優れた存在を作り出そうとした結果、として生み出されたのが魔族らしい。ちなみに成功作をダミナは使と呼んだ。

失敗作でありながらも、人間よりはひいでた存在である魔族は地上をべる権利は自分たちにあると主張したが、先に地上をべていた人間達が反発をしたことによって今のこの時代まで争いが続いているのだという。


「人間にとって魔族は自分達の領土を荒らす侵略者でしかないんですよ」

ダミナは背中の剣をかつぎ直しながら、そう言った。

「でもお前の恋人は人間を裏切ったわけではないんだろ」

「そうなんです。それに彼女は私が魔族だってことも知らないはずなんですよ」

「じゃあ、なんで魔女審問まじょしんもんになんて引っかかるんだよ」

「魔女審問は『疑わしきは殺せ』をモットーに掲げるような狂信者たちがやってるものですから。いままで審問に掛けられて無実を証明できた人を私は知りません」

「酷い話だ」

「私もそう思ういます。さて、そろそろ王都ですね。本当に覚悟はいいんですか?」

「それはこっちのセリフだ。さっさと助けるぞ。騎士ナイトさま」


王都への道すがら、改めて様々な作戦を考えたが現実的なものは何一つなく。結局、処刑台に上がったところを正面から救出するということになった。

ダミナはスパイ任務を任されるだけのこともあり、腕にも自信を見せていたが、俺は特に喧嘩けんかが強いわけではない。

戦闘では役に立てなさそうだとダミナに話すと、一時的に自分とを結ぶことで魔族の力を貸すことを提案してきた。

悪魔の上位に君臨くんりんする魔族には、悪魔と違い対価を必要としない契約も結べるらしく、その契約によって一時的に俺を魔族にすることが出来るらしい。

「魔族になればつばさでの空中戦も魔力を利用した魔法も使えるようになります。これで大抵の騎士とは渡り合えるはずでしょうし、ショウヤさんに適性があれば私の固有魔法も行使こうし出来るようになるかもしれません」

魔族との契約なんて怪しさしか感じなかったが、それをしなければ足を引っ張るだけになることも目に見えていたので、俺はダミナと魔族の契約を行った。

「これで、ショウヤさんは今日1日、丸々24時間魔族の力が使えるようになったはずです。なので、ショウヤさんはこの力を使って王都でさわぎを起こしてください。出来るだけ多く、出来るだけ派手にお願いします。私はそのさわぎによって警備の薄くなった瞬間をねらい彼女を助けます。」

「わかった。騒ぎの方は俺に任せろ。教科書にるくらい派手なのにしてやる」

「期待してます」

この会話を最後にして俺とダミナは王都で別れた。

2人と国との喧嘩けんかの幕は誰にも気づかれぬまま静かに上がる。


魔族の力はとても使いやすいモノだった。念じるだけで体のどこからでも火・風・水を発生させることができ、その勢いや規模も思うがまま。

手始めに翔也は国の騎士達が寝泊まりをする駐屯上ちゅうとんじょうに火を放ち空に舞い上がった。

奇襲きしゅうを知らす鐘が王都に鳴り響く。

俺は俺にされた仕事に責任を持つ。

「やぁやぁ愚かなる人間よ!」

風の魔法を使い声を拡大かくだいする。王都中にひびわたるように。鐘の音をかき消すように。

全ての視線をさらう。

「俺は魔族の従順にして忠実なしもべ。今日というこの災厄、我が主の命に従いこの場を地獄に変えよう!俺は人間に容赦などしない。自分の友、恋人、家族、財、守りたくばこの俺を討ってみよ!」

まとわりつく視線を逆撫さかなでるように腕を振り払う。嵐のような烈風れっぷうを民衆に浴びせると下からチラホラと悲鳴が聞こえだした。

ダミナは騎士を引き付ければいいと良いと言っていたが、騎士だけではダメだ。

民衆に混乱を与えることはそれだけで行政機関へのダメージとなり人員をく要因となる。


別にダミナのために全人類を敵に回す必要など俺にはないのだろう。

ダミナの願いをことわり人間の味方をする選択肢せんたくしも俺にはあったはずだ。

だが、今俺はここに立っている。

友情とは何も時間が全てではない。

ダミナの話を聞いて俺は心が動いた。ここに誰かの意見や一般論なんていらない。俺が動きたいと。尽くしたいと思ったことが全てだ。

だから俺はお前の力になるよ。

全人類を敵に回してお前の味方になるよ。

だから早く助けに行け騎士ナイト様。


「さぁ。 行くぞ!!」

疾風のごとく王都を駆け抜けたたたかいは今この時はじまった。


鐘の音。それと友の声が聞こえる。

私は彼にむくいることが出来るのだろうか。

この世界に来て1日も経っていないような、右も左もわからないのに、それでも私の為に命をけれくれている友に。

私はむくえるだろうか。

あぁ、処刑台に足をかける彼女が見える。彼女は私のことをまだ愛してくれるだろうか。

わからない。彼女の気持ちも。友へのむくい方も。

わからない。わからないから。今はとにかく動く事に決めた。答えがわからないから。問題の裏に書かれた『答え』を覗き見るのとは違うけど、動けば答えが見えるようになるんじゃないかと思った。


「いまむかえに行くよ」

処刑場に集まった人をかき分けながら、真の姿をさらす。丸太のように太い腕は民衆を容易たやすく突き飛ばす。異変に気付いた処刑人と監視員が警戒の鐘を鳴らす。私が来るのを待ち構えていたのだろう。建物のあちこちから鎧を着こんだ騎士が現れるが想定よりも数が少ない。ショウヤのおかげだろう。

「グゥウォオヲォオオウオォオゥウウゥ!!!!!!」

雄叫おたけびは鐘の音を犯し、周囲の恐怖を引きずり出す。

背中から生えた強翼ごうよくは風をつかみ処刑台まで我が身を押し出す。

「怖がらせてごめんね。迎えに来たよ」

手首をしばられていた彼女は私を見ると涙を流し微笑んだ。

良かった。こんな姿でも私だと伝わった。

彼女の安堵あんどに満ちた顔をと震えの止まらい小枝のような体を抱きしめ空をける。

騎士団の放つ矢が牙を立てて肉をくが、さまいはしない。彼女を抱きしめたまま私は王都からの脱出をはかる。

しかし、

「待てよ化け物」

空中でこちらにやいばの切っ先を向ける者がいる。王国騎士団の団長であり、ダミナの秘密を暴き彼女を魔女審問にかけた者。

風の魔術により空に足場を作ったソイツは瞬足しゅんそくという速さでこちらへ横切り、そのかんに三度の斬撃を叩きこんできた。

「遅いな、俺から逃げ出した時はもっと早かっただろ?そんな人間をかばってるからだろ?とっととソイツを落とせよ。じゃないと死ぬぜ?」

騎士団長の猛攻もうこうに私はされるがままだ。気を抜けば彼女が傷ついてしまう。このような状況で攻勢こうせいに出るわけにはいかない。

切りかれ、つらぬかれた箇所かしょから青い血がき出る。あぁ、彼女の顔が汚れてしまう。

段々と高度が下がっていき一般兵の弓の勢いも増してくる。

ここまでなのかもしれない。

悔しい。

せめて、せめて彼女だけは逃がしたい。


「つまらん。血の高ぶりも、死への恐怖も、この戦いからは何も感じない。」

騎士団長が剣をさやに戻す。

「これで終わりにしよう」

さやからあわい光がれだす。『』剣技の基礎にして奥義であるその技を叩きこもうとしているのだろう。

「魔族よ。地獄へ帰れ」

さやの光が解き放たれる。

あきらめから目を閉じる…………


―騎士がなに諦めてるんだよ―


四面楚歌しめんそかの状況の中、確かに私へ向けられた声があった。

目を開けると、まだ出会って1日も経たない友の背中がある。

「悪い。待たせたな、追手がしつこくてよ」

軽い手間だとでも言いたげな顔を彼はするが、その姿は実に痛々しくこれまでどんな戦いをしてきたのかを物語っていた。

「俺さ、一度言ってみたかったセリフがあるんだ」

彼はこちらを振り向かずに声をかける。

『ここは俺に任せて先に行け』

彼はそう言うと私に向かって風の魔法を放ち後ろへ突き飛ばした。

「ダミナ!もう言葉はいらないぞ。」

彼はそう叫ぶと勇敢ゆうかんにもあの騎士団長へと挑みかかる。



彼があの後どうなったのかを私は知らない。

彼女を安全な場所まで避難ひなんさせた後、私は彼の元へもう一度戻ったが、その時すでに彼とあの騎士団長はそのわずかかな時間で消息不明となっていた。

私と彼女はその後、魔族の領土でひっそりとした暮らしをした。

幸福にもさずかることできた1人息子にはショウヤという彼の名を付け、時々あの時の話を聞かせた。

転移者は時折ときおり、時間や空間を移動することがあるらしい。

だからもしも。私がこの世を去った後に彼がここを訪れても、彼に全てが伝わるよう、私の息子にはあの時の話を良く聞かせようと思う。




〈追記:〉

五十嵐翔也(22) 行方不明届撤回ゆくえふめいとどけてっかい 路地裏で血塗ちまみれれになってるところを近隣きんりん住民が発見、なお命に別状べつじょうはないよう。


また、同じ路地裏で確認された大剣を所持した不審ふしんな男は、銃刀法違反じゅうとうほういはんの罪で確保されるが、翌日、牢屋ろうやごと行方ゆくえつ。


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1話完結の異世界転移物語 栗眼鏡 @hiro2022

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