静かなる怒りは復讐の火種

山本静香。28歳。女戦士。転移歴10年。

彼女は木一本生えてない砂漠のど真ん中に居た。

手に持つ得物えものの名は『復讐剣:偏愛絶殺愛牙love is kill』。女戦士がその剣を振るうと大気が振動し直線上に存在するものを無差別に切り裂く。この異世界にも魔法やスキルなどはあるが、現代日本出身の転移者はそのどちらも扱えない場合が多い。彼女もその例に含まれていたはずなのだが…………


彼女が【空裂く斬撃】を初めて使った相手は魔物ではなく人間、それも彼女と同じ転移者であった。

「ねぇ、私達もう18になったんだよ。もう大人なんだよ」

少し恥じらいながら隣の男の手を引く静香がそこにはいた。

「そ、そうだよな。俺達もう大人になったんだよな」

隣の童貞どうていは彼女の思い人であるモブだ。

彼女は一人でこの世界に来たのではない。高校の卒業日。このモブ…失礼、彼氏との帰り道で胡散臭うさんくささを具現化したような男と出会った。

「いやぁ、お姉さんたち昼間から見せつけてくれるね。その卒業証書を見る限り今日は卒業式だったのかい?なんともめでたい!どうだい、おじさんからも一つお祝いをさせて欲しいんだが」…………

その男から買い取ったキーホルダーには不思議な力があり、その力によってこの世界にやって来たのだ。

彼女と彼氏との異世界生活は、今、彼女の隣にその彼氏とやらが居ないことから充実したものではなかったことがわかるだろう。

異世界や魔法について全く知らない彼女は、こっちに来た当時ゲームを趣味としていた自分の彼氏に頼った。だが、ここである問題が浮上する。こともあろうか、彼氏は異世界コンテンツの情報、特に俺TUEE系や、物語が全て主人公達に有利に進むような、トントン拍子で上手くいく話ばかりに影響を受けてしまっており、自分が一登場人物などではなく主人公であると勘違いをしてしまっていた。

彼氏は、現実を正しく認識できていなかったのだ。

「おかしいな?俺が主人公なんじゃないのか?」

「ねぇ、もうやめようよ。どこの王様に会ったて無駄だよ。さっき門番の人も言ってたじゃん、転移者なんて珍しくも何ともないんだよ。ね?諦めてコツコツ働こう?」

この世界に来た時の転移者のステータスは現代日本で生活してた頃と大差ない。元の日本で魔法もスキルも使えなかった彼氏くんが急にそういった超能力を使えるようになるわけはなく。彼女と彼氏の異世界生活がトントン拍子で進むことはなかった。


転移から5年ほどが経った頃、地道に低級冒険者として最低限の生活を送っていた彼女達に事件が起きる。

ろくに働かなくなった彼氏の代わりに幾つかの低級クエストを達成し、帰宅に向かっていた時のことだ。

「ねぇ!あの煙、私達の村の方から上がってない⁉」

静香のパーティメンバーの一人が村の異変に1番最初に気づいた。

「嘘!ホントじゃん!ヤバ、うちの彼氏、宿屋に置いて来ちゃった!」

「え?それヤバくない」

「ヤバいかも。早く戻らないと」

「いや、違う違う」

「ゑ?」

「なんで彼女のシズカが危ない仕事してるのに彼氏が家で待ってんの?」

「…………確かに」

村は炎上中。彼氏との宿にも火の手が迫っているかもしれない、けど、よくよく考えてみるとあまり焦っていない自分がいることに気づいた。

「てかさぁ、仲間の男悪く言うのって良くないと思ってたから黙ってたけどさ。」

「う、うん」

「シズカの彼氏って結構ヤバくない?こっちの世界きてすぐは夢見ちゃうのもわかるけど、もう5年も経つんでしょ?いつまで夢見てんのって思わん?ガキみたいじゃん。痛々しくて聞いてらんないんだけど」

自分の彼氏がボロクソに言われてる。私は彼女なんだから言い返さなくちゃいけない。でも…………

「そ、そこまで言うほど……………………な、いかも?」

「でしょ?てかクズ彼氏が今燃やされてるんだと思ったらなんかテンション上がってきた」

自分は彼女なんだから否定しなくちゃいけない。自分は彼女なんだからちゃんと愛してあげなきゃいけない。「別に居なくても良いかも」だなんて気持ちは嘘じゃなきゃダメだ。

「ごめん、やっぱ様子見てくる」

静香は村に向かって走りだした。

「アッ!ちょいシズカ待ってよ!」

自分たちが拠点としている村は魔物の襲撃しゅうげきにあっており、どこかしこに火柱が上がっていた。

下宿先の宿にむと彼氏の部屋のとびらを勢い良く開ける。

愛してるはずの彼氏は傷一つないどころか、布一つ纏わない超健康体ちょうけんこうたいでベットに寝転んでいた。

周りには村をおそったサキュバス達がおり、彼氏は魔物相手に鼻の下を延ばしている。

静香は思った。

せめてうつろな目をしていてほしかったと。

せめて怯えた顔をしていてほしかったと。

「好きでもなんでもない」っていう気持ちを否定させてほしかったと。

「ブツン」という心の音と共に、手にしたはがねつるぎさやを走り抜けサキュバスに囲まれたへの軌道を突っ走る。

【空裂く斬撃】

彼女の初めてのスキルは畜生綺麗きれいに真っ二つにいた。

この時彼女の剣は彼女からあふれかえった魔力を吸収し、ただの剣から【呪いの剣】へと昇華しょうかされた。


村をおそった魔物を一人で撃退げきたいした彼女は、辺境へんきょうである程度の名声を獲得かくとくし冒険者としての実績を次々と上げていった。「転移者」という事実はこの世界じゃ弱みになりかねない、と言う仲間の助言に従い「静香」から「サイレント」という名前にも改名をした。

冒険者として順調に名前を上げ4年ほどで大成たいせいげた彼女はいつの日にか勇者候補と呼ばれるほどにもなった。そんなある時…………

「やぁ君が勇者候補のサイレントちゃんであってるかい?」

忘れもしない

振り向くと10年ほど前、自分たちをこっちの世界に連れてった変質者がいた。

「僕は王都所属の賢者の1人名前は…………そうだな、『キッズ』とでも名乗っておこうかな」

もしかして、私が転移者って気づいてない?

「そうですか…………えっと私に何か用ですか?」

こうして私はこの詐欺師との交流を持つようになった。

彼は私指名でいくつかのクエストを依頼いらいするようになり、段々と一緒に食事をするようにもなった。

「いや~サイレントちゃんとは話が合うな~初対面とは思えないよ」

「ハハハ、キッヅさんたら面白いこと言いますね」

このクズと交流を持つようになってから私はある可能性の世界を妄想もうそうするようになった。もしも、10年前の卒業式の帰り、この男の提案に乗らなければ私は元の世界で普通に暮らせてたかもしれない。彼は生き続け、私が彼に愛想あいそを尽くこともなかったのかもしれない。

可能性の世界はとても輝いて見えてその反面、畜生への恨みは影のように濃くなった。

ある晩、私は全ての原因を飲みに誘い、そのまま酔いつぶふところから例のキーホルダーをくすねた。


来た時と同じようにボタンを押し、剣を引き抜く。光は飲み屋を丸ごと包み込み目を開けるとさっきまで居酒屋に居た私達はなつかしくもうらめしいあのガラクタ置き場にいた。

隣にはつぶれた賢者がいる。だが、おどろくことに目の前にも賢者瓜二つの男が居た。

「え?これは……どゆこと?」

目の前の男は狼狽うろえるが、決して顔に張り付いた笑みをくずそうとしない。

その時にサイレントは気づいた。目の前の男も、隣の男も自分の復讐相手には違いないのだと。むしろ、復讐の楽しみを二度も味わえるなんて最高じゃないか。

女はここ10年で鍛えられた筋肉に力を入れ、指を鳴らしながら怯える男に近づいて行った。


〈アナウンス;〉

「サイレント」は戦士→狂戦士へとクラスチェンジしました。


〈追記;〉

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