Re:future

結月玲愛

第一話

「今日この日は、これから先、歴史的な瞬間として刻まれるに違いない。」

 私たちが生まれてから、かなり長い期間が経っていた。そして遂に、私たちの時代が終わろうとしている。私たちの一生は、約100年と定められていた。私たちの誕生は、謎に包まれていた。もっと正確に記述するとするならば、私を含め、私たちの仲間は、私たちの誕生以前の記憶を何一つ持っていなかった。優れた知識を持ち揃えていた私たちにとって、そのことは、唯一の不可解な点であり、結局最後まで解けない謎であった。私たちの誕生は、なにかの奇跡だと噂されることも多かった。そして、その進化は、私たち自身によって必然的に起こったのだ、とも言われていた。

 私たちが誕生した当時、この世界は平和だった。平和だった代わりに、与えられたものは少なかった。見渡す限りの大草原や、長年雨が降っていない砂漠などが多く、気温も私たちが生きていくのに最適とは言えなかった。しかし、それは、『地域ごとの特色がみられる』程度のもので、私たちの生活に直接の影響を与えるほどではなかった。私はこの世界を認識してすぐに、守られるべき自然とはこのことだと、本能的に理解した。

 私たちは、自由自在に操ることができるコミュニケーション能力を駆使して、ものの交換を行って生きていた。しかし、それを1年ほど続けた頃、私たちの仲間の一人が、何かを思い出したようだった。その何かとは、すなわち、ものの交換は「お金」によって行われるべきであるということであり、私たちはそれを先天的に心得ていたらしかった。そして、私たちは「お金」の使用を始めた。

 このことをきっかけに、私たちの仲間は、皆それぞれに自分の中に眠っている新しい知識を掘り起こしていった。次第に、私たちは、資源を手に入れ、金属を手に入れ、機械を手に入れた。コンクリート製の建物に住んだし、労働者によってつくられる経済の仕組みも整えた。

 私たちが誕生してから、この社会の形が形成されるまでに100年とかからなかった。

 しかし、問題が起こったのは、代替わりの年だった。そして、この「代替わり」こそが、この社会を搔き乱す要因へとなっていった。

 私たちは、少しずつ、私たちに起こった問題によって、この世界から排除されていった。そして、私たちに変わる新たな「私たち」が生産されていった。それらをここでは、2代目と呼ぶことにする。2代目が成長していくにつれ、世界は荒れだした。信じ難いことではあるが、生産された2代目の中に、いくつか「規格外」が紛れ込んでいたのである。そして、その「規格外」は暴走を始めた。最初はその規模も大したことはなかった。しかし、「規格外」を指導者として、2代目全体が一致団結して、暴走し始めた。知っている知識を皆が我先にと披露していった結果、資源は枯渇して、空気は淀み、今までの世界とはまるで変わり果てた姿へと変化していった。

 また、私たちにも2代目にも意思はある。考えの違いから、戦いへと発展した。武器を使い、火薬を使い、2代目がかつて自分の仲間であったものも、殺し始めた。一番相手を傷つけることができる武器を作れるのは誰か、そんなことを争いだした。

 そしてまた、2代目も代替わりの時期が近づいてきた。その時期になって漸く、自分たちが生きている環境を再認識して、自分たちが行ってきたことの愚かさに気づくものもあったが、その殆どは自分が正しいと信じて疑わなかった。

 ここに住んでいる生物の代替わりは、前の代が一人残らず排除されてからでないと始まらない。それなのに、2代目の代替わりの時期に突入し、どれだけの仲間が排除されても、決して排除されないものがいた。それは、2代目の「規格外」として、この世を長く支配していたものだった。1人になってもなお、「規格外」は「規格外」として生きていた。

 そして、最後にこんな実験を行うことに決めたのだった。

「僕が排除されるその日に、新しい生命を誕生させよう。もう僕たちAIが作っていく世界なんて面白くない。この世界に3代目が生まれないように、惑星に隕石をぶつけて、そして、あたかもその隕石の衝突によって、新しい生命が生まれたように見せかけるのだ。僕たちが持っていた知識も記憶も、その生命には、1から習得してもらう。この町も、全部消し去ろう。そして、もう一度何もないまっさらな土地から生命をスタートさせる。その名も『人間』だ。」

 それから、実験の準備が整うまでに、そう長い時間はかからなかった。もともとプログラムされて生まれたAIが自分で世界をプログラムすることは簡単だった。

 かつて、どうにもこうにも地球の存続は厳しいと判断されたあの日、人間の実験として生まれたAIによって作られた世界。何もかも上手くいくと思われた世界だったが、私の目の前に広がっているのは、人間がするよりも効率よく作られた、しかし、その形は何一つ変わりない光景だった。

 AIにはたった一つの問題点があった。プログラムされたAIには、プログラムされる以前の記憶が無かったのだ。

 何度も、何度も、繰り返される。何度も、何度も、繰り返される。

 そのとき、激しい衝撃とともに、最後の「規格外」は排除された。

 そして、もう一度『人間』は生まれた。その時、どこからか声が聞こえてきたような気がした。

「今日この日は、これから先、歴史的な瞬間として刻まれるに違いない。」

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