第55話 夢じゃないなら、またいつか
未来は特価と書かれたPOPの貼ってある魔導書の棚に移る。
たくさん置いてあるので、どれが良いのか分からない。
「どれが良いんだろ」
魔導書を見るのは初めてだ。
なので何が良いのか全く分からないし、未来には魔力もない。
どのみち連発はできないんだけどね、と未来は自分のことを理解した上で、適当にとって表紙を見る。
「えーっと、火炎の魔導書。火炎はレイユが使えるから要らないよね」
レイユは炎と氷と雷が使えるから、属性系の魔導書は必要ない。
だったら便利系? と思ったものの、洗濯が楽になる魔導書とか、絶対に鈍らにならない包丁が作れる魔導書など、これ一つじゃ役に立たないものが多い。
残念ながら未来には扱いきれないものなので、正直困ってしまった。
何か良いものは無いだろうか?
「うーん、おっ、暗闇の魔導書? ……読めない」
ちょっと気になる魔導書を見つけた。
手に取って中身を読んでみる。しかし文字が潰れていて読めない。
おまけにかなり古いもので、この世界に飛ばされた時の文字の知識だけでは解読不能だ。
「ダメっ。これじゃあ読めない」
せっかくいいなと思った魔導書があったけど、読めないので本棚に戻す。
きっとこの手の魔導書が多いからここに置かれている。
じゃないと、一万ルドはしてしまう。そんな気がしてならない。
「うーん、何が良いのかな? おっ!」
ふと気になる本を見つけた。
真白な本だ。凄く目に付くので、未来は手に取ってみる。
すると表紙に魔法陣が描かれていた。
何だかあからさまだなと思ってしまいかけるが、一応開いてみる。すると内容がヘンテコだ。
「あ、あれ? これって……」
「なに? どうかした?」
女性がやってきてしまう。
これはマズいと思って、「何でもないです!」と伝える。
あまりにテンパっていたので、変に思われてしまったかも。しかし本の内容がないようなせいで、ついついテンパるのも無理はない。
「そ、そう?」
「は、はい。えっと、はい……」
未来は口がモゴモゴしてたどたどしい。
しかし女性が過ぎ去ったので、ホッと胸を撫で下ろすと、本の中身を再度確認する。
「やっぱり、日本語と英語だ。如何して? こんな本があるなんて……ん?」
未来は本を一旦閉じた。
すると急に魔法陣が光始めた。眩く、未来の視界を奪うみたいで、ついつい本棚に手を付いた。
「ま、眩しい!」
未来が本棚に手を付くと、急に本棚が揺れ動き始めた。
ガタガタと震え、大量の魔導書が飛び出してくる。
まるで雪崩のようで、未来は白い魔導書を手にしたまま、大量の魔導書達に圧し潰された。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
仰向けで倒れ込む。
幸い後頭部は守ることができたが、大量の本達に圧し潰されたせいで苦しい。
息は一応できたが、打撲したんじゃい勝手暗い体が重くて痛い。
意識もだんだんと跳び始め、視界も悪く、頭がボーッとする。
「あ、あれ? これって書庫塔で起きたことと同じで、あっ、い、意識が、抜けて……」
徐々に未来の意識が掻き消されていく。
ドンドン暗闇が迫りより、気が付けば未来の意識を完全に飲み込んでしまった。
ここは一体何処なのか? 果てしない闇との逃避行を経て、ようやく魔導書の光りは途切れた。
「如何したの、今変な音がして……えっ?」
不審に思った女性がやって来た。
やって来てみると、そこに未来の姿は無い。
有るのは大量に落ちた魔導書だけ。しかしながら白い魔導書だけが無い。
未来と魔導書は何処に消えてしまったのか、盗んだわけではないにしろ、女性は不思議に思い、頬に手を当てるのだった。
どのくらい気を失っていたのだろうか。
暗闇との逃避行を抜け、気が付いた時、重たい瞼を押し開けた瞬間飛び込んできた景色は、再びの暗闇だった。
「あ、あれ? ここって、何処だっけ?」
未来は暗闇に興醒め。
きっと本に埋もれてしまっただけだと暢気に構えると、全身を圧し潰す勢いの本達に少しだけげんなりする。
だって痛いから、そう思っても仕方ないので、とりあえず動けそうな所で、体を動かす。
「ううっ、動き難いな。えいっ! ……あれ? えいっ!」
何故か翼が出ない。
未来は顔を顰める。きっと何かの間違いだと、肩甲骨辺りに力を入れた。
だけど一向に翼が出て来る気配はない。
「翼が出ない?」
何が起こったんだ。もしかして本達に怒られてしまった?
そんなファンタジーなことが……いいや起きても良いのかな。
未来はてんやわんやになってしまい、頭を悩ませると、とりあえず指先を使って積まれた本達を退けると、腕、脚、それから首と少しずつ体を解放した。
「やっと出られる……ん?」
不思議に思った。本で遮光されているとはいえ、見えた光が余りにもオレンジ。
古本屋に向かったのは午前中で、こんな色合いにはならない。
ましてや光が入ってくる向きが違うので、おかしいなと思い顔を上げると、飛び込んできた景色に絶句した。
「あ、あれ? ここって、書庫塔?」
未来は気が付くと書庫塔の中に居た。
色も匂いも全部同じ。間違いなくここは書庫塔で、近くには未来が運んでいて、倒れてきた本達がある。
あの中二病全開の赤い本まで健在で、これは間違えるはずもない。
「もしかして私、戻って来たのかな? こんな中途半端で、これからだろってタイミングで? どうしてだろ。もしかして同じことが起こったから?」
そう言えば、最初にあの世界に行った時も本が雪崩みたいに倒れ込んできて、体を圧し潰された時だった。
意識があやふやになって、変な気分だった。
このまま死んじゃうのかな? とは思わなかったけど、不思議と眠たくなり、意識を暗闇へと誘われたのだ。
「ってことは夢だった説? えっ、今の今まで見てたのが、全部夢なんて……まあ、その方が良いこともあるのかな」
まさかの夢オチ展開。未来は顔を歪める。
だけどよく考えてみれば、その方が良かったと思うこともあった。
偽物の勇者を本物の勇者にした意外何も起きていない。何よりも全然スローライフが送れない、冒険者生活の変な呪縛。
全部が夢なら何だか気が楽になれると、未来は思い込む。
「でも、レイユ達も夢だったら、ちょっとショックだな」
と、少しだけ心残りもあった。
全部が全部夢で良い何て思いたくないのは人間の性。
どっちにも転べない優柔不断な未来だったが、ふと足元を見て思った。
目を丸くして、落ちていた本を拾い上げる。
「この本って、確か古本屋で見つけた……ここには無かったはずなのに」
落ちていたのは魔法陣が描かれた白い本。
開いてみると、やはり日本語と英語の羅列。
内容によると、[強い衝撃、暗闇へと誘う。さすれば世界の教会を超え、その身を写す鏡となろう]と書かれていた。
「なに、この一説?」
未来は哲学書か何かかと思って、半分は信じなかった。
だけどここに書いてあることが本当なら、自分が体験したことは、この本に描いてあることの通りだ。
本達に埋もれ意識を失い、暗闇を抜けるとそこは異世界。翼を手に入れたもう一人の自分を写し出す。
全部に一応の辻褄が合うので、未来は「あはは」と笑い出してしまった。
「あははははははははは、私が居た世界は夢じゃないんだ。あはは、あはは、あはは……はぁ」
未来は笑みを浮かべてはいたが、すぐに消えてしまう。
それから込み上げて来るのは、やっぱり死んだ人達のこと……ではない。それは未来には関係がない。
だったら何に嘆くのか。人を救えなかったことでも、荷物を届け損ねたことでもない。
レイユ達のことだ。
「さよならの挨拶もできなかったな」
それは突然の出来事なのだ。
未来はふと顔を上げる。悲しんでも居られない。
それにここに本があるということは逆にも考えられた。
「また行けると良いな」
ポツリと呟いた。
するとそんな未来の願いに答えるみたいに、白い魔導書に描かれた魔法陣が光り出した。
「えっ!?」
未来は声を上げた。
まるで未来の言葉に反応したみたいで、もしかしたら本当に行けるかもと思わせてくれる。
それならまた行ってみたい。できれば自由に行き来したいと、未来は欲張った。
だけど魔法陣は光ったままで、如何やら願いを聞いてくれる。
「それなら、今日は良いかな。また今度、今度は杏璃も誘えたら面白いかも」
未来はクスクスと笑みを浮かべた。
しかし外はもうオレンジ色。一時間近く経っていそうで、落ちていた本を本棚へと急いで戻す。
一階へと下りて来ると、リュックを肩に掛けた。もちろん白い魔導書も入れておく。
「それじゃあまた掃除しに来るね、書庫塔」
未来はそう伝えた。
もちろんその機会は一ヶ月に一回は来るし、みんなやりたがらない。
だからすぐに回って来るだろうなと思いつつも、少し寂しさと好奇心に働かせた面白さが滲む中、未来の足取りは一歩ずつ書庫塔から去っていく。
今までのことは全部本当。未来は経験と絆と胸に刻みつけて、オレンジの夕日を見つめるのだった。
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【あとがき】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
とりあえずここで一度区切ります。完結かは分かりませんが、おそらく完結です。
もしも続きを書くときは読んでいただけると幸いです。
ご拝読ありがとうございました。
《最速の運び屋》は異世界を駆ける〜万能な翼を手に入れた私、自他共に認めるヤバい奴なので、いつもやりすぎてしまう 水定ゆう @mizusadayou
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