第54話 ただで本を貰えるらしい

 エンポートの街は今日も平和。

 未来は優雅に空を舞う。


「ふぅ、今日も気持ちいい天気!」


 この街、いいやこの世界に来てからどのくらいの時間が経ったのだろうか?

 もう分からない……と言うには、随分と短い気がする。

 考えてみればまだ一ヶ月ちょっとの筈だ。

 それにしては色々なことがあったなと、目を瞑らなくても瞼の裏に張り付いていた。

 特に勇者を……と考えるだけで、気が滅入る。今になるが結構な大事だった。


「まあ、だからなんだって話なんだけどね」


 未来はそれ以上のことは思わなかった。

 だって楽しいことの方が多くて、大変だったことや悲しかったことも多かったけれど、それでも前には進めていた。

 優柔不断で自由奔放。それが冒険者達の集う街、エンポートなのだと、腹を割れば理解もできる。


「っと、そんなことはさておき。この辺かな?」


 未来は空を飛びながら、地上へと目を凝らす。

 たくさんの似たような屋根の建物が綺麗に並んでいる。

 その中には煙突から煙がモクモクと立ち込める家もある。

 炭のいい香りにパンの匂いが釣られて揺ら揺らと空へ舞った。


「良い匂い。そう言えば、あっちの世界には総菜パンってあるけど、こっちにはないよね? うん。もしかして、出したら売れる?」


 とってもくだらないことだった。

 だけど久々に明太子の降りかかったベーコンポテトパンが食べたくなる。

 ジュルリと涎が零れつつ、未来は翼をはためかせ、目指す建物を探した。


「あっ、アレだ!」


 未来は似たような建物の中から、目当ての建物を発見。

 いわゆる古本屋と言うもので、何だか奥深さがある。


「すみませーん。荷物のお届に参りました」


 未来は店の中に入る。

 すると古本達の独特な接着剤の溶けた臭いと、古い紙の香りが立ち込めていた。

 慣れていない人ならきっと鼻を抑えてしまう。

 それくらい、未来の居た世界の古本屋やこの世界にある一般的な本屋とは違っていた。


「何だろ、この古本屋」


 未来はそう口にしていた。

 すると店の奥から若い女性がやって来る。

 薄いピンク色のエプロンを身に着けていて、本で擦れた跡が入っていた。


「あら? もしかして冒険者さん?」

「はい。未来って言います。お荷物をお届に参りました」


 未来は魔法の鞄マジックバッグの中から、荷物の入った小包みを取り出す。

 重さは少しあって、もしかしたら本かも知れない。

 もちろん中身を確認しようとは思わないし、それ以上のことを未来も想像しない。


「貴女があの有名な未来さんね。ありがとう、本当に早いのね」

「有名? 宅配屋さんとしてですか?」

「それもあるけど、勇者をやってしまった冒険者でしょ?」

「ううっ、殺しては無いんですけど……はぁ、そうですか」


 胸を射られた。苦しかった。まさかこんなに早く広まるなんて。

 勇者の存在感が際立っていて、未来は立場上厳しくなる。

 なので未来ははにかんだ笑みを浮かべる程度で済ませると、つい気になってしまったのでこの店のことを尋ねる。完全に話のすり替えだ。


「このお店って、古本屋さんですよね?」

「そうよ。とは言ってもただの古本じゃないわ。ここに在るのはね、ほとんどが魔導書なの」

「魔導書?」


 レイユから聞いたことがある。

 魔導書とは高名な魔法使いの手によって作成された魔法が記された本であり、スキルがなくても魔力さえ込めれば、誰でも簡単に魔法が使える本らしい。

 仮に魔力がなくても、強い衝撃とか精神エネルギーとかでも発動してしまうものもあるようで、とっても特殊な代物だった。

 希少性が高いものもあり、一般公開されないようなものも世界にはあるそうで、聞いているだけでワクワクする代物だと思った。


「凄い。ここに在る本は全部魔導書なんですか!」


 ついつい未来も興奮する。

 だってこんなにたくさんの魔導書があるなんて、しかも自分のすぐ近く。

 面白そうだと胸が躍る。


「でもここに在る魔導書は、ほとんどが珍しくも何ともないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。おまけに一度は誰かの手に渡っているものがほとんどで、効果もあまり期待できないの。実際、使えないものもあって、ここに在るのはいわゆるアンティークのような、インテリアとしての側面が大きいわね」

「そんな……何だか寂しいですね」


 書庫塔のことを思い出した。

 あそこには貴重という名目で積み重ねられている本ばかりが並んでいる。

 即ち読まれもせずに放置されているものだ。

 未来自身も読もうとは思わなかったが、こっちに来てからは少し違った。


 スマホもろくに使えない。

 ネットもROINも使えない。やることがなさ過ぎて、現代人にはちょっと深刻。

 そんなポッカリと空いた隙間を埋めてくれるのは、本達だった。

 実際、面白い本や変な本はたくさんあって、好みも全然分かれるけれど、それでも暇を潰したり、楽しんだりする分にはよっぽど良かった。

 だから、読まれずに放置されている本が、ほんの少しだけ可哀そうには感じた。


「あれ? こっちの本だな、特価って書いてありますよ?」


 ふと顔を上げると、気になる棚を見つけた。

 そこには万年室で殴り書いたようなPOPが貼ってある。


「あの、これって?」

「ああ、そこにあるのはそもそも文字も読めなくて、私じゃ買い取ってもお客様に説明できない魔導書達が並んでいるのよ」

「それを特価で? もしも何かあったら……」

「大丈夫よ。全部自己責任だから」

「あっ、そうなんですね」


 なるほど、それなら納得できた。

 ほぇーの顔をしていると、突然女性は未来に言う。


「良かったら一冊持って行ってもいいわよ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ。どうせ一生そこに置いてあるだけだから」

「あっ。は、はい」


 何だか貰わないとダメな気分になる。

 未来は曖昧な声を上げると、ありがたく貰うことにした。

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