オリーブオイル、どばどばびしゃあ、バージン。

金沢出流

オリーブオイル、どばどばびしゃあ、バージン。

「なんだろう、こう、ジョン・レノンだね」

 かつて、新宿駅西口に存在したさくらやの地下にある眼鏡屋のショーケースに備え付けられた鏡の前で、円眼鏡を試着したボクに対して、三浦雨海はそう言った。

 鏡越しにぼやけた雨海の表情がボクにはみえなかったから、どのような表情をしていたのかはわからなかったが、声色は微かに弾んでいるようだった。


 時を遡るのはすこしばかり面倒が臭い。なのでその後の話しか書かない。ま、単に思い出せないということだけなのだ。

 ……いや、それは嘘だ。まだ思い出したくないだけなのだろう、


「いずるくん、眼鏡かけたんだ。似合うね、ジョン・レノンみたい。どうする? メガネと髪型、合わせる? 前髪作っちゃうとかありだとおもうけど」

 ボクは胸まで伸びる黒色の長い髪を持つ。

 あの時分のボクはかつて原宿に存した、オリーブオイルとばどばびしゃあなあの有名人が通っていた美容室で、縮毛矯正施術を受けていた。天使の輪っかを強化できるサポートアイテムだ。

 なぜオリーブオイルおにいさんがその美容室に通っているのかを知っているのかというと、その美容室の五周年記念パーティでみかけたからだ。

 パーティでのオリーブオイルはとても目立っていた、背が高いからだ。顔が見える。どの方向から見ても整ったガンメンだ。

 

自宅でパスタを作るとなると必ずオリーブオイルを使うだろう、オリーブオイルが使うような高級ピュアバージンオリーブオイルは頻繁には使わないが、アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノのようなシンプルなパスタにはやはりピュアバージンオリーブオイルを用いる。

 その度にボクは才能、アタマひとつぬけるということ、それについて考えてしまう。

 身長が高いと目立つ、目立つというのはメリットのあることだ。エクストラバージルオイルのように薫り立つことにはもちろんデメリットもある、でもボクはデメリットを負っても目立ちたかった。

 でもどうしたって身長というのはなかなか自分でどうにかできるモノでもない。

「もこみちさんみたいに身長が高ければもっと頑張れるんだけどなあ……」

「ああ、演劇? 確かに舞台映えするよね、背が高い方が。髪はいつも通りにしとこっか」

「うん」

「その歳でここまで髪が長い男の子ってのも十分目立つと思うけどね」

「いや、演劇だと役によってはかつらだからいみないよ」

「ああ、そっかそれもそうだね……」

 僕も悩むよ、と千曲さんは言う。モデルをカットして作品として応募してもかすりもしないのに、大して努力してない奴が賞を取ったりするもんなんだ、と。でも、好きだからやるんだ、やるしかない。

「ふーん……そうなんだ」

 ……好きだから、やるんだ、やるしかない。


 そしてボクはその日、即日に演劇をやめた。決まっていた舞台もなにもかも全てをドタキャンした。演劇は別に好きでやっているわけじゃあなかった。なんとなく始めたら少し才能があったようで、初演で主役を演じたりさせられたから、まあそのままの勢いで、惰性で、好きでもないのに続けていたから。

 だから、ボクは演劇をやめた。ボクの夢は、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オリーブオイル、どばどばびしゃあ、バージン。 金沢出流 @KANZAWA-izuru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ