レンタルカゾク

吉野なみ

レンタルカゾク


「最近さ、お母さんがまじでウザいんだよね」

 

 お弁当をつつきながら、私は友達の美玖に愚痴る。


「あー、わかる。勉強しろとかもっと手伝えとか、親ってうるさいよね」

 彼女はスマホに目を落としたまま、そう答えた。


「そうそう、私だってかなり手伝ってるよ。ほら、うちは母子家庭だから、ちょっとは助けになりたいなーって。でも、なんか最近私への八つ当たりがひどくてさ。こないだなんか、「あんたなんていないほうがいい」とか言われたんだよ。ひどくない? 私だって好きでこの家に生まれてきたわけじゃないっつーの」


 世の中は、不公平だ。


 お金持ちだったら。美しい容姿だったら。

 これって全部、親が関係してるような気がする。

 正直私の母は、お金持ちでも、美人でもない。

 最近は、「親ガチャ」なんて言葉もよくきくが、本当にそんなものがあったら、私はかなりハズレを引いてしまったと思う。


「あ、これ見てよ」

 唐突に、目の前にスマホの画面を突き出された。


「レンタル家族?」


「すごいよね。レンタル彼氏とか、彼女とかは聞いたことあるけど、まさか家族までレンタルできるなんて」

 美玖は眠そうに目をこすりながら、スマホの画面をスクロールする。

「あー、なるほど。親と絶縁状態にある人とか、家族に先立たれた人とかが利用してんだね。結構口コミもいいみたい。……おっ、今初回だけの無料キャンペーンやってるって。使ってみたら? なんて」

 冗談っぽく笑いながらそう言う美玖に、私も「使うわけないじゃん、そんな怪しいの」と笑いながら返した。



「なーるほど。結構細かく選べるんだ」


 放課後。美玖と別れてから、私は公園のベンチに座ってさっきのサイトを見ていた。


「母親代行、か」

 画面の中では、たくさんの綺麗で優しそうな女性が微笑んでいる。


「あんたなんていないほうがよかったのに」


 昨日の母の言葉が蘇り、視界が滲むのがわかった。


「一回だけ。……お金かかんないし、いいよね」


 震える指で、サイトの電話番号をタップする。


『はい。こちら、家族代行サービス会社「レンタルカゾク」です。』

「……あの、母親代行の三十番の人をレンタルしたいんですけど……」

『かしこまりました。お客様、今回は初めてのご利用ですか?』

「は、はい」

『現在初回限定で、無料キャンペーンを実施しておりますので、代金は結構です。レンタル期間は二週間となっております。では、手続きのためお名前をお願いいたします』

仮野愛子かりのあいこです」

『ありがとうございます。では、すぐに手配いたします』

 

 機械的にそう告げられ、電話は切られた。

 ていうか、名前だけしか聞かれなかったけど、ほんとに大丈夫なのかな?

 まあ、お金はとられてないし、いっか。


「ただいまー」

 アパートのドアを開けると、鼻腔いっぱいに美味しそうな匂いが広がった。


「おかえり、愛子ちゃん」


 そして、目を細めて微笑む見知らぬ美人。


「……え。だ、誰?」

 目を見開いたまま固まった私は、何とかそれだけを口にした。


「やだ。何言ってるの。お母さんよ」

 おかしそうにそう言って笑う女性。


 嘘でしょ。いや、よく見たら見覚えがある。さっき、レンタルを頼んだ人だ。

 でも、どうして名前しか教えてないのに私の家を……。

 

 違う。それよりも。

「あの! 母はどこですか?」

「愛子ちゃん、さっきからどうしたの? お母さんは私だってば」

 駄目だ。この人に聞いても埒が明かない。

 

 私はスマホでさっきのサイトを開き、スクロールする。

 すると、規約のところに、「レンタル中、本物のご家族はこちらで責任をもって保護させていただきます」と書いてある。

 よかった。お母さん、いなくなったわけじゃなかった。

 

 安心すると同時に、お腹の音が響いた。

 『お母さん』はくすくすと笑って、「とりあえず、ご飯食べましょう。愛子ちゃん、きっと疲れてるのよ。今日は早く寝たほうがいいわ」と言い、私の手を取った。


「さ、今夜は愛子ちゃんの好きなビーフシチューよ」

「……わあ。すっごく美味しそう」

 そのビーフシチューは、今までに食べたことがないほど美味しかった。

 

 その後、いい香りのする入浴剤の入ったお風呂に浸かり、お日様の匂いのする布団で眠った。

 

 まるで、自分がお姫様にでもなったような気がした。


◇ 


 それからの日々は、本当にきらきらと輝いていた。

 

 学校では、手作りのおしゃれで美味しそうなお弁当をみんなに羨ましがられる。

 町を一緒に歩けばお母さんの美貌に、みんなが足を止めて振り返る。

 そして、私がいくらゲームをしても、手伝いをしなくても、テストで悪い点数をとっても、決してお母さんは怒らなかった。


 お母さんは、まさに、私の理想通りの完璧な「母親」だった。



 レンタルをして一週間。お母さんと過ごせる残り時間も半分に近づいた頃。

 

 私は悲しみのどん底にいた。


「愛子ちゃん! どうしたの!?」


 泣き腫らした目で俯く私に、お母さんはぎょっとしたような顔で近づいてきた。


「ずっと好きだった人が……美玖と、付き合ってて」


 一年間片思いをしていた佐藤君。美玖にもずっと相談に乗ってもらっていた。


「……なんか、美玖も佐藤君のこと好きだったらしくて。こないだ告白されたからオッケーしたって謝られた」

 美玖だって、言い出しづらかっただろう。

 それは分かってる。分かってるけど。

 嫉妬と悲しみで、気がおかしくなりそうだ。


「……なるほどね。分かった。お母さんに任せて」

「……え?」

「大丈夫よ。お母さんが全部、何とかしてあげる」

 そうしてお母さんは、立ち上がって台所に向かう。


「ようは、その美玖ちゃんって子がいなくなればいいんでしょ?」

「……え、お、お母さん、一体何をするつもりなの?」

「大丈夫。すぐに片付くわ」

 そう言って、女神のような美しい微笑みを浮かべる。

「え、待って、お母さん。まさか」

「だって、愛子ちゃんが泣いてるところなんて見てられない。愛子ちゃんが幸せでいることが、お母さんの一番の幸せだから」


 おかしい。この人は、普通じゃない。


「ち、違うの。確かに今回のことは辛かったけど、美玖がいなくなるのはもっと悲しいの。だからお願い。やめてください。お願いします」

 カーペットに涙が落ち、しみを作る。


「……ごめんね。お母さん、愛子ちゃんのこと、全然分かってなかった。お母さん失格だわ」

 そう言って、涙に濡れた瞳で、お母さんは私のことを優しく抱きしめた。


 だが私は、どうしょうもない違和感が大きく広がっていくのを止められなかった。



 一週間後。レンタル最終日。


「お母さん、今までありがとう」

「あらあら、急にどうしたの、愛子ちゃん。母の日はまだ先よ」

 そう言って笑う女性を私はまっすぐに見つめる。


 分かったんだ。貴方のおかげで、「本当のお母さん」のありがたみが。


 勉強しなさい、って叱ってくれるのは、私の将来のためだったこと。手伝いなさい、って叱ってくれるのは、私が一人でも生きていけるようにするためだったこと。疲れていても、必ず私の相談を聞いて、客観的に判断して、ほしい言葉をくれること。

 

 女性は悲しそうに目を伏せた。

「……薄々気づいていたけど、やっぱり私は、あなたの本当のお母さんじゃないのね」

「……うん。でも、すごく楽しかった。料理も美味しかったし、優しいし。でもね、やっぱり、本当のお母さんがいいって思ったの。また、お母さんの作ってくれたカレーライスが食べたいって。……だって、私はお母さんがいたからこの世に生まれることができた。……すごく、感謝してるの」

「……そう。分かったわ。……じゃあ」

 そこまで言って、女性はにこっと笑った。


「本当のお母さんがいなくなれば、私はあなたのお母さんになれるってことよね?」


「……え?」


 もうすぐレンタル終了の時間だ。本当のお母さんが帰ってくる。

「……嘘、待って、いや、やめて」

「だって、愛子ちゃんは、お母さんのことが嫌いだったんでしょう? じゃあいいじゃない」

 そう言って、女性は立ち上がり、台所から包丁をもってきた。

 玄関から足音が近づくのがわかる。


「これで私たち、本当の家族になれるわ」


 駄目だ。どうにかしなくちゃ!

 スマホを取り出してサイトを開き、電話をかける。


『はい。こちら、家族代行サービス会社……』

「助けてくださいっ! そちらでレンタルした人に、母が殺されそうなんです。どうにかしてください!」

 食い気味に大声で叫ぶ。

 束の間の沈黙がおりた。

『……それは大変申し訳ございません。すぐに、処分させていただきます』

 

 処分ってどういうこと? 一刻も早くどうにかしてくれないと。お母さんが。

 笑みを貼り付けたまま、女は包丁を振り上げてドアの前で待ち構えている。

 早く!

 

「愛子〜? 帰ったわよー」

 ドアノブが回る音がする。

「お母さんっ! 待って! 開けちゃだめ!」

 やだ! 誰か!

 ドアが開く。

 その瞬間、女はふっと、幻のように消えた。


「もう、どうしたの? 大声出して。ていうかあんた、私が留守の間もちゃんと勉強してたんでしょうね?……って何で泣いてるのよ」 

「よ、よかった……お母さん。ごめんなさい。いつもありがとう。大好き」

 私の言葉に、お母さんは首をかしげて、おかしそうに微笑んだ。

「どうしたのよ、いきなり。明日は雨でも降るのかしら」

 そして、思い出したように呟いた。


「……あっ、そうだった。ごめんなさい、お母さん、ちょっと電話かけてくるわね」








『はい。こちら、家族代行サービス会社「レンタルカゾク」です』

「もしもし? 仮野です。そちらでレンタルさせていただいた「娘」、返品するわ」

『了解いたしました。何か不手際でもございましたでしょうか?』

「最近反抗ばかりするのよ。あれ、不良品じゃないかしら?」

『それは申し訳ございません。最近不良品の数が増えておりまして……。すぐに処分いたします』

「ええ。そうしてちょうだい。次は……そうねえ、頭が良くて手のかからない息子をレンタルしようかしら」

『ありがとうございます。またのご利用を、お待ちしております』


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