第五話: 神と鳥を見た小祠

 冒険者の一団を見送った後、僕ら三人と一匹は村外れにある小さなほこらを訪れていた。

 別段、しゃちほこばった施設ではなく、前世日本の道端で見るような道祖神どうそじんめいた小祠しょうしである。


 ここは村のほぼ西端に位置している。

 西の方角は、彼方かなた大枯木おおかれきがあるためか、草原サバナでも比較的モンスターの出現頻度が高い。

 万一まんいちの襲撃に備え、外のほりは深く広く掘られ、防壁も石造りで高く堅く築かれた。


 祠にまつられているのは、その石材の余りで彫った高さ二十センチほどの女神像だ。

 周りにはネコやクマといった数体の動物像も配され、ややメルヘンチックな雰囲気が漂う。


 ちなみに、岩石の切り出し作業をしている合間、僕が暇つぶしに彫った物だったりする。


『運転席でハンドルを握る女性タクシードライバーのつもりだったのだが、何故か、気が付けば玉座に腰掛けて聖典を開示する女神像として祠の中に収められていた。せない』


「ママには良く出来ているって褒められたけど複雑な気持ち」

「フ……とても見事な出来映えだと私も思いますよ。お隠れになった始まりの創世神から権能を引き継がれ、世界のことわりすべてを記した天の聖典を表した幼き女神レエンパエマの御姿おすがたでしょう」

「そんな話、初めて聞いたなぁ」

「衣装も斬新です。神々の騒乱を収めるため、自らの表装布トーガを引き裂いた説話をご存じとは」


『露出度高めの安っぽいコスプレ風サンタ衣装なんだよなぁ』


「ねえねえ、司祭さま」ファルーラが声を上げ「女神さま、なんで顔ないの?」と首をかしげる。

「創造神レエンパエマは無貌むぼうの女神。見る者の心に合わせて顔と姿をまったくこととするのですよ。実際には顔貌かおかたちがないわけではなく、ただ一つのものとして形に留められないということですね。神殿の女神像にもご尊顔は刻まれません。御姿は大抵、麗しい貴婦人のイメージで表されますが」


『レエンパエマねえ……そんな大層な名前だったんだなぁ、神ちゃん』


「ホントに神様としてあがめられていることにまず驚いたよ、僕は」


 この世界へ僕たちを送り出した女神のことは、薄れかけている記憶にもかろうじて残っていた。

 あらかじめ聞かされていた話とは大分だいぶ違い、今以いまもって苦労は多いものの、なんだかんだで恩義はある。

 祈りを捧げるアドニス司祭の後ろで、僕もファルーラを伴い、軽く手を合わせるのだった。



 寸刻ばかりの祈りを終え、ふと視線を壁の外へと向ければ、遠くの空に浮かぶ孤影をとらえた。


「あ、ルフだー」

「なんだか久しぶりに見たね……って!?」


 西の空、遥か彼方かなたより飛来せんとしていた巨鳥ジャンボの影が突然カクッと直角に左折する。


「またかぁ。そんな律義りちぎけなくても、普通に上空を飛ぶくらい構わないのになぁ」

「ばいばーい! ルーフーっ! たまには飛んできてもいいよー!」

「ほぉ、あれが……貴方あなたが退けたという大怪鳥ルフですか」


 未だその姿が小さく見える距離で横向きに飛ぶジャンボは、すみやかに南の空へと消えていく。


「もうすっかり元気になって飛び回ってます」

「真上を飛ぶ姿が見られないことは残念です。王都の方まで飛来することはありませんからね」

「ああ、この辺りには近付いてこないんですよ。村の上は飛ばないっていう約定やくじょうがあって」


 二年前、大枯木おおかれきの立ち会いのもと、ジャンボとの間に交わされた相互不可侵条約は今なお有効だ。

 と言っても、お互い既に敵対の意志などあろうはずもなし、こちらとしてはいささまりが悪い。


『元々、季節を感じさせる風物詩だったことを思えば、一抹いちまつの寂しさはあるよな』


 瞬く間に飛び去っていったジャンボへかすかな感傷をいだいていると、まさか、その羽ばたきではなかろうが、いきなり吹きつけてきた突風が僕らの表装布トーガをバサバサと激しくき上げる。


「きゃっ! 白ぼっちゃん、ぼつぼつ火ノ刻になっちゃうよ」

「うん、ちょっとばかし、ゆっくりしすぎたかな」


 およそ午前八時頃からは日中【火ノ刻】に入る。

 乾期のこの時間、気温は体感できるほど急速に上昇し始め、風もいきなり強まり出す。


 異世界とは言え、気候的には前世地球のアフリカ辺りとさほど大きな違いはないと思われる。

 しかし、昼夜の寒暖差が激しく、夜間に零度れいど近くまで冷え込む日があったかと思えば、翌日の昼間は四十度を超えてきたりするため、体調管理には細心の注意が必要だ。

 乾燥しきった砂埃すなぼこり混じりの風が強く吹くため、空には雲一つないのに薄暗く景色がかすむ。


 こうなると、のんびり散歩を楽しむどころではなく、ぼちぼち切り上げ時と言えるだろう。


「フッ、このような環境で、おもてを出歩くのは人間くらいのものですよ」

「だって乾期ふゆだもんね」


 先ほど見た鳥のジャンボを除き、現在いま大草原サバナに生き物の気配は皆無である。


「……あたま、さわって?」


 いくら地球におけるサバンナ気候と酷似していようと、やはりここは異世界であるらしい。

 魔物モンスターたぐいを例に出すまでもなく動植物の生態は大きく異なっている。

 乾期になると草花が枯れ、樹木が葉を落とし、動物たちが水場を求めて一斉に去っていく……という点だけは同じであっても、その移り変わりは非常に急激かつ極端に行われるのだ。


『ぱったり生き物の姿がなくなるし、植物なんて水辺でも育たなくなってしまうから不思議だ』


「なんだか大草原サバナ全体が冬眠に入ったみたいに感じられるよ」


 生命いのち息吹いぶきなく、ひたすら暑くて埃っぽい。それがこの熱帯の冬――乾期なのだ。


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 女神のことをお忘れの方は、こちら↓のラストに無駄設定がありますので、よろしければ。


第一部 閑話「◆設定集: キャラクター紹介(モブ)」

https://kakuyomu.jp/works/16817330663201292736/episodes/16817330668257689500

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