シーン60 ラスト・プロット
さて。
読者諸君はもしかするとお忘れかもしれないが、このキスシーンは、馬場園曰く、過去のループで何度も行ってきたものらしい。
それでもループが誘発したということは、つまり、このままキスシーンを演じたとしても、結局、ラスト一個のプロットは回収されずにまた『物語』がリライトの憂き目に遭うということなのだが。
安心してくれ。
僕は、既に、いや、馬場園にキスシーンの有無を聞いた時から、この事態への対処法を見つけていた。
というか、それ以外に考えられなかった。
僕は恐らく、過去のループで、一度もキスなんてしていなかったのだ。
馬場園は「何度も見てきた」と言っていたが、それはきっと、僕の一人称の記述だろう。
一人称による記述は、別に真実でなくても構わない。
嘘を記述したとしても、他に証拠がない限り、読者はそれを真実だと受け止めるほかない。
どういうことなのかというと、我ながら情けない話ではあるのだが、どの世界線の僕も、結局のところ、最後の最後で勇気が出せなかったダンゴムシだったという話だ。
つまり、ループを止めるには、僕が、ダンゴムシのように固まった殻を破らなくてはならないのだが。
もう、その覚悟はできている。
そして、作者が思いついてニヤけてそうなギミックだって、やってやるさ。
三人称視点よ。
見ているんだろう?
お前は言ったな。この『物語』が僕の一人称に切り替わったあとも、記述こそされないが、影で僕を見守っていると。
今、その姿を、再び読者の目に晒す時だ。
もはや、僕の一人称は読者の信頼を失った。虚言や誇張表現、見てみぬふりは散々してきた。信頼できない語り手というヤツになってしまったんだ。
だから、この場面は、僕の一人称じゃあ、駄目なんだ。
「その記述は客観的な真実でなくてはならない」という、小説執筆上の第一原則を司る、お前に書いてもらわなきゃ、駄目なんだ。
だから僕はここで、再び視点をお前に託す。
視点と視点のバトンリレー。
それが、最後に残されたプロットだ。
公人は胸の内でそう宣言し、高嶺と唇を重ねた。
そうだ。
それが、正解だよ。
手塚公人。
やはり、君が『主人公』で、よかった。
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