シーン59 終わる逃避行
★
「待ち伏せして申し訳ないのだが、高嶺くん。君の逃避行は、これで終わりだ」
「……真城目くん。どうして、あなたが、こんなところに?」
「一応、君と読者のために解説をしておこうか。まず、ここは我々ナラティ部が居を構える部室である。次に解説をしよう。君は、物量で押し切るのは展開的にマンネリが続くとわかって、プロローグまで移動するという大仕掛けを打った。だが、手塚くんはそれでも君を追った。馬場園くんの力を借りてな」
「そうね。私たちは、プロローグで再会したわ。でも、私は、あそこで、」
「そう。君は、自殺という禁じ手でもって、この『物語』を台無しにしようとした。『メインヒロイン』が冒頭のっけから不在になるなど、リライトせざるを得なくなる。だが、君は見逃していたのだよ。プロローグにおける字数制限というものを」
「…………」
「プロローグは冗長になりすぎてはいけない。長くてもせいぜい見開き2ページだ。この『物語』も、散々型破りなことはしてきたが、そのフォーマットだけは守ろうとしたのだろう。結果、君は、自分の死が記述される前に、今の時間軸へと強制送還された。手塚くんの一人称による記述は、決して無駄ではなかったということだ。そして、君は、ゲートの出口で待ち伏せしていた私に、こうして腕を掴まれている」
「なにもかも、プロット通りに話が進んでいるのね。私の行動も、きっと」
「いいや。そんな単純な話ではないぞ。君もわかってはいるだろう。プロットを建てたからとて、それを回収できるかどうかは、別問題だ。作者が無理矢理プロット回収に舵を取れば、我々『登場人物』は人格というものを剥奪され、血の通わぬ人形となる。我々が、我々の性格を保ったまま、こうしてプロットを回収できたことは、ほとんど奇跡と言っていい」
「それじゃあ、私は」
「そう。君は、他でもない、作者に操られてもいない、ただの高嶺千尋だ。手塚くんも、『主人公』だから君を助けたワケじゃない。ただ、純粋に君を助けたいと思ったから、助けたのだ」
「私は……私は……」
「後悔など、しなくともよい。おかげで、プロットはほとんど回収できた。なぁに! 自暴自棄に陥ってしまう未熟な精神性というものも、登場人物としては一種の魅力である! あとは、手塚くんと君が、最後の儀式を済ませるだけだ。邪魔者はここらで退場し、あとは手塚くんに任せるとしよう」
――
「高嶺さん!」
「手塚、くん……」
気がつくと、僕は高嶺さんと向き合っていて、そして、彼女の震える手を掴んでいた。
直前までプロローグにて地面に落下していく高嶺さんを見ていたと思ったら、いきなりこんな場面だ。
突然身体に流れたあの妙な違和感からして、恐らくは真城目が能力使って僕と位置を入れ替えたんだろう。
情景描写は最小限に留めるぞ。
場所は……、クライマックスにふさわしいな、僕らの部室だよ。
窓は僕が体当たりしたせいで割れ、風が吹き込んでいるが、それ以外は特に変わってない。
ギャラリーもいない。お誂え向きに、僕と高嶺さんの二人きりだ。
「ようやく捕まえた」
「……離して」
「そういう割には、手に力がこもってないじゃないか。もう、いいだろ。このままハッピーエンドを迎えよう」
「……まだ、この『物語』には、面白くなる余地が、あるの」
「例えばどんな?」
「……情景描写が足りない」
「それは、作者のイメージ力が貧困すぎるせいで、世界自体が薄ぼんやりしてるから仕方ない」
「……設定の整合性がめちゃくちゃ」
「思い当たる節はあるけど、勢いで突っ走ったから、読者も誤魔化せるだろ、きっと」
「あと、タイトル回収のタイミング。絶対、あそこじゃなくて、この直前のほうがよかった。絶対、そっちのほうが、カッコよかった」
「それは……、うん。確かにそうかも」
「あと、手塚くんの一人称。ノリノリで言葉遊びしすぎて冗長」
「いいじゃんか別に! 狂言回しが楽しく書いて何が悪いんだよっ!」
「だから、だからぁ……」
高嶺さんの均整とれた顔が、ぐしゃぐしゃになり、大きな瞳から涙がぼろぼろと落ちる。
僕は女性がこんな感情的になってしまった時の対処法というものを知らず、セオリーも学んでいないから、果たしてこれで正解なのかどうかはわからなかったが、
とりあえず、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
頭を抱き寄せ、身体を密着させると、高嶺さんの鼓動と嗚咽が伝わってくる。
彼女の絹のような黒髪が、首筋に当たってこそばゆい。
「僕は、この『物語』を完成させたい。いつまでも、同じところで止まってちゃ、駄目だと思うんだ。未熟でも、いいじゃないか。稚拙だって、そりゃそうだよ。僕らはただの登場人物だし、この作品の出来から見ても、作者はただの作家志望のアマチュアだ。でも、とりあえず、完成させて、賞にでも送って、そうしてようやく、たくさんの読者に読まれるって可能性が生まれるんだ。未完の名作より、完成した駄作だよ」
「うん」
「だから……ええと……つまり、僕は、これから、最後のプロットを遂行しようと思うんだけど」
「うん」
「先に謝っておくね。こんなダンゴムシが相手で、ごめん」
「そんなこと、ない」
僕は高嶺さんをゆっくりと引き剥がし、彼女と顔を見合わせる。
やはり、見るたびに胸の鼓動が高まる顔立ちだ。
いつもはキリッと引き締まったクール系だというのに、ただの少女として泣き腫らし、頬を染めているのは、もう、反則と言っていい可愛さだ。
「するね」
「きて」
高嶺さんが、目を閉じる。これから僕がやろうとしている身分不相応な行動を、しっかりと受け止めようとしている。
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