シーン58 レッツ・センテンス・スリップ
プロローグ。
それは、これから描かれる『物語』が一体どんなものなのかを、端的に表現するオープニング・イメージだ。
『主人公』と主要人物の絡みを描くのもよし。本編開始前の事前情報を開示するもよし。意味ありげなポエムを載せるのもよしと、割と自由度は高い。
しかし、人と人との交流関係では言わずもがなだが、『物語』においても第一印象というのはとても大事だ。
プロローグでコケると、後々の展開まで悪影響を及ぼしかねないため、練りに練って慎重に描く必要がある。
そんな大事なプロローグというものを、まさか、こんなクライマックスで描く羽目になるとは。
「僕の記憶が確かなら、この『物語』はいきなり僕と高嶺さんが出会うところから始まっていたはずだ」
「それはもはや過去の情報となってしまいました。高嶺先輩が時間軸を移動し、冒頭へと渡ったんです。そのため、本来あるはずのないプロローグが差し込まれ、今、絶賛描写中だと思います」
「クライマックスシーンでは暴れ尽くしたから、冒頭に戻って、前のほうからページ数を圧迫しようって算段なのか」
「プロローグで暴れ散らかすと作品全体のイメージを損なうので、そんなにハチャメチャはやってないでしょうねぇ」
「なら、話し合いで解決できなくもないか」
「もう字数的余裕はそんなにありません。概要を掴んだのなら、さっさと、先輩をプロローグへと送ります」
「方法は?」
「聞くまでも、ないじゃないですかぁ。お忘れかもしれないですけど、わたし、本来は時間を操る魔法少女ですよぉ?」
馬場園の口から、一切のやる気がない「ブラックメモリーチャージ」という変身フレーズが発せられる。
この展開は、まさか。
すぐさま変身バンクが起動した。彼女の大柄な身体は目に痛い虹色の光を纏って、キュルキュルというポップな音楽が流れる。
やがて光は収まり音楽は止み、ハツラツとした声が響いた。
「黒のゲートは奇跡の軌跡! 影の魔法少女、ピュアブラック! 時空を超えて、今、参☆上!」
眼の前に現れたのは、あの腹黒デカ女ではなく、未だ純真無垢な心を忘れていない、中学二年生の馬場園あたり、すなわち、ピュアブラックであった。
久しぶりすぎる登場に僕が懐かしさすら感じていると、ピュアブラックは僕の顔を見て、
「あっ、手塚じゃない。良かったわ、あんたがいて。大体変身すると周りに誰もいないから、今がどんな状況なのかわかんないのよね」
彼女はしばらくきょろきょろと辺りを見渡し、そして、ポメラニアンのような甲高い声を上げた。
「えっ、えーっ! な、なななななによここ⁉ 学校⁉ 学校でいいのよね⁉ 学校っぽいわ! でも! 建物がビックリするくらい現代アートだし、当たり前みたいにヒョウモンダコが制服着て歩いてるし、空に星が浮いてるなぁって思ったら、あれ、ヒトデじゃないのよ! なにここーっ⁉」
まぁ、セカンド・ターニングポイント後の景色を見慣れてないと、そんなリアクションになるわな。
今まで、面倒だからという理由で情景描写をサボってきたのだけれど、実は世界はそんな風にメチャクチャになっているのだ。
「ピュアブラック。会えたのは嬉しい。でも今は、詳しく説明してる暇はないんだ。どうか落ち着いて、僕の頼みを聞いてほしい」
初めて遊園地に連れてこられた三歳児のように、あちこちに視線を漂わせるピュアブラックの肩を掴み、僕は真摯な眼差し向けて説得を試みる。
とりあえず、軽くパニックに陥っている彼女に話を聞いてもらわねば、どうにもならん。
「え、あ、うん……わかったぁ」
「とりあえず、僕を過去……いや、冒頭のプロローグまで送ってほしい」
「はい?」
「頼む! 君にならできる! いや、君にしかできないことなんだ!」
女子中学生にパッションで迫る自分の醜態は自覚していた。
しかし、この口ぶりからして、ピュアブラックは『物語』のことをまったく知らないのだという予想がつく。
未来の自分が『メタ登場人物』という厄介な役割を押し付けられ、何度もループを繰り返して精神が摩耗しているなんて、とてもじゃないが説明できない。
だからこうして、無理矢理にでも強引に押し切るしかないのだ。
「な、なに言ってんのあんた? プロローグって、あれでしょ? 小説とかの最初にある、あれよね」
「そうだ! 君の力で僕をそこまで飛ばしてくれ!」
「はあぁ⁉」
「頼む!」
一体何が起きているのか、知りたい気持ちは山々だったろう。
だが、彼女は切羽詰まった僕の表情を見て、泉のように湧き出る疑問をごくんと飲み込んだようだ。
「……わかった。わかったわよ。でも、意味わかんないし、そんなの、はじめてだから、成功するかわかんないわよ」
「大丈夫だ。僕は君を信じてる」
ここに来て今更、「やっぱ無理でした」なんて展開にはならないはずだ。
それなりの整合性があれば、あとは一人称で拡大解釈してやればどうにでもなる。
必要なのは、「時を操る魔法少女が、プロローグまでの道のりを作ろうとした」という、そのきっかけなのだ。
ピュアブラックは、自信なさげに、呪文らしきものを唱え始める。
「えっと……刻みし時よ原初へ還れ……じゃないな……トゥエルブ・クロック・リスタート……も、違うな……すってんころりのどんでんがえし……なワケない! あー、もう! とにかく、捲れ舞えッ! センテンス・バタフライッ!」
辞書ほどもあろうかという分厚い本から、頁が羽ばたいて、飛んでいく。
紙の身体を持つ蝶の軍勢である。
「フォーメーション・ステラッ!」
蝶の軍勢は互いに文字の鎖を飛ばしながら、星型を象っていった。
その中心はぐわんぐわんと渦巻いていて、突っ込んだらいかにも異界へと繋がっていそうな雰囲気だ。
「……なんか、できたわ」
自分でもこんなにすんなりできるとは思っていなかったのか、呆気に取られながらピュアブラックが呟いた。
「ありがとう。ピュアブラック」
「え、あ! マジで行くの? 自分でやっといてアレだけど、どこに繋がってるのかあたしにも、」
「大丈夫だ。きっと」
僕には確信があった。
この星型のゲートは、確実に、プロローグへと繋がっている。
「それにしても、初めて見るはずなのに、妙に既視感があるな」
なんて呟きながら、僕は星型のゲートへと身を投じた。
読者諸君。
大変お手数ではあるものの、きっと、僕はプロローグへと渡るはずだから、一度ページを遡って、あるいは目次を開いて、そこまで戻ってほしい。
そこで、高嶺さんと共に待っていてくれ。僕も必ず、そこへ行く。
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