シーン57 そういうギミック

「ようやく、追いついたぞ、高嶺さん」


 僕は高嶺さんの目の前に立つ。


 宙に浮いているのに立つというのも変な表現だが、直立二足歩行に慣れている僕らは、無重力下でも相変わらず、空気に足つけて立っていたのだ。


 高嶺さんは、無意味な詠唱を止めて、唇をきっと結んでいた。


 しかし、目はまだ闘志を燃やしていた。


 どうやら、まだ諦めることはできないらしい。


「超次元鬼ごっこ。続けたいなら、付き合うよ。そして、プロットをすべて吐き出してしまうといい。最後には、必ず、僕が君を捕まえる。それでハッピーエンドだ」


 高嶺さんは久方ぶりに、素直な笑顔を見せた。


「ありがとう。手塚くん」


 しかし容赦はしないぞと思って、僕は彼女の手を掴もうとする。


 が、寸前、手どころか高嶺さんの姿ごとヒュンと消えてしまった。


「高嶺先輩は、時間軸を超えて移動しちゃいましたぁ」


 何が起こったのか疑問符浮かべる前に、タイミングよく、馬場園が蝶のような羽をはためかせて飛んできた。


「随分都合の良いご登場だな」


「まぁ、ずっと見てきたので」


「ここで出てきたってことは、何か解決策を持ってきたってことでいいんだよな」


「そうですねぇ。でもその前に、」


 馬場園はそこで、蝋の翼を生やし、全身に紫色の力場を纏い、足にロケットブースターを付けた珍妙な男、すなわち僕を見た。


 隣には、エネルギーを使い果たし、物言わぬポンコツと化したいろはも浮かんでいた。


「いつまでも空中にいないで、一旦地面に降りません? この光景、違和感がすごいです」


 馬場園はそう提案し、僕はすぐさま同意した。






「先輩。字数制限が近いので、さっさと情景描写をしちゃってください。立ち位置さえ定義できればそれで結構です」


 僕は馬場園に促されるまま、周囲を見渡し記述を行う。


 僕らが降り立ったのは、我らがナラティ部の部室がある旧校舎のすぐそば、校門から続く煉瓦道のその上だ。


 周囲にはもっと目を引くヘンテコ極まる建造物が所狭しと立ち並んでいるが、記述したところで無駄に情報量が増えるだけなので、僕は見て見ぬふりをする。


 情景描写はこんなもんでいいか、と、僕は馬場園に向かって目で合図を送った。


 彼女は話を続けた。


「手短に言います。今、この『物語』は大きな分岐点に立たされてます。つまり、完成するか、しないか」


「最初っからそうだったんじゃないのか?」


「えーっとですねぇ、今まではもっとひどかったんですよぉ。完成しない可能性のほうが遥かに高くて、完成する可能性の方はもう、無いに等しいという有様。それが、プロットを拾いながら、拙くても本文の記述を続けてきたことで、なんとか、完成するしないの可能性が半々っていうところまで来たんです。これはすごいことですよ」


 要は、ループを抜け出せる可能性が上がってきているということか。


 道理で、いつもは死んだ魚みたいな目をしている馬場園の瞳が、気持ち明るくなっているワケだ。


 お前はお前で、やっぱり真剣なんだな。


「この超次元鬼ごっこは、『物語』の完成を左右する最後の分岐点なんですよ。高嶺先輩は確かにトンデモ能力を使って字数制限まで逃げようとしていますが、彼女は一度追いつかれたら必ず方法を変えて、難易度のギアを一段階上げた逃走をしています。これは、私たち登場人物への試練でもあり、同時に読者を飽きさせまいとする工夫でもあるんです。つまり、えっと、」


「高嶺さんは、完成させまいとしつつ、完成させるためのルートも残している、と?」


「そう。そういうことなんですよ」


 馬場園は、柏手を打つほどテンションが上がっていた。


「だから、先輩はなんとしてでも高嶺先輩を捕まえてください。どんなメチャクチャな方法でも、クライマックスなんですから、遠慮はしないでください」


「もとよりそのつもりだよ。それで、高嶺さんは一体どこへ逃げたんだ。時間軸を超えたって言ってたな。過去か? それとも未来か?」


「過去です」


 馬場園はそこで言葉を溜めた。どうやら重要なことを言いそうな気配がしたので、僕はスペース空けて、強調表現の場を整えてやる。



「もっと言うと、プロローグ、です」



 その一言で、すべてを察した。


 まったく。


 視覚的な文章表現に続き、今度は文脈のタイムスリップか。


 作者はどうも、こういうギミックを思いつくのが好きらしい。

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