シーン55 無意味な文字の羅列たち
素人特有の、熱を持ったまま、勢いで記述した文章及び言動というものは、確実に後で羞恥心の火花を散らすものだ。
らしくもないキメ顔でタイトル回収したはいいものの、高嶺さんが俯いて返事をしてくれないため、早速僕は顔が熱くなっていた。
「あの、高嶺さん。なにか返事をしてくれると、うん、嬉しいんだけども」
僕の大見得に感激して真下を向いてしまっているなんてことはありえないので、まだ、彼女の心には、この『物語』をループしなくてはならないという使命感に囚われているのだろう。
アレか? ここで、キスってやつをすべきなのか?
「駄目なの」
しかし、僕は自分の発想がいかにお花畑であったかということを、彼女の顔を見て思い知られた。
高嶺さんは、困ったような顔をして笑っていた。涙も出ていた。
「もう……私は、自分で、自分を、止めることができないの」
「それは、どういう」
「まだ、プロットは全部揃っていないの。クライマックスなのに、私と手塚くんしか出番がないのは、おかしいの。いろはも、あたりちゃんも、真城目くんにも、出てきてほしいの。だから、私は、私は、」
僕は、そこで察した。
何が、作者に等しい神の力だ。
高嶺さんに委ねられたのは、そんな生易しいもんじゃない。
もはや、呪いだ。
「プロットをすべて回収し、作品を完璧な傑作に仕立て上げなくてはならない」という、無謀極まる無理難題。
そんな重荷を背負わされているからこそ、彼女は、こうして、儚い笑顔を浮かべるんだ。
「私は、どうしても、ここで、こうしなきゃ、いけないの」
高嶺さんの口が、読経のような平坦さ、かつ、凄まじい速度で言葉を紡ぎ始めた。
「私が思うにこの作品に足りないものはたくさんあってそれは文章力も構成力も設定も全部そうなんだけれども一番欠落しているのは情景描写で私たちが見ている景色はいつも薄ぼんやりとしているのはそれは恐らく作者のイメージ力というものが貧困なせいで現実世界からのフィードバックが少ないからなの」
抑揚も句読点もないため、聞いても読んでも頭に入ってこないセリフが、高嶺さんの口から放たれる。
それらの文章は実体として顕現し、羽虫のように襲いかかり、僕の視界と進行方向を遮った。
「でも傑作を作り出すためには脳内で自然にアニメーションが作り上げられるような文章作りが必要不可欠だからその点で言うと確実にこの『物語』は一定の水準に達していないから書き直すべきだし世界の情報量が少ないならじっくりと時間をかけて景色を見つめて緻密な情景描写をするべきよ」
エンタメ度外視、読者置いてけぼりの書き殴り。
どうやら高嶺さんは「もっと指摘する点はあるから続けるけれど」膨大かつ無意味な文章を紡ぐことによって「文体の癖が強くて作者の自己満足になっているのも欠点よ」読者を強制的に読書から離脱させるか「一人称でひたすら言葉を紡いできた手塚くんに決して落ち度はないのだけれど」あるいは字数オーバーというタイムリミットを迎えようとしてるらしい。「やっぱり一種の読みにくさというものはあるから作者の趣味嗜好あるいは思考回路そのものだとしても」
そっちが無法なら、こっちも無法だ。
「こいッ! いろは!」
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