シーン52 真実はどこか
「この場面の時間軸は、第7章において、高嶺さんがセカンド・ターニングポイントを引き起こした後になります。実は、セカンド・ターニングポイントで確かに世界は色々ごちゃごちゃになってしまったんですけど、記述の届かないところでは、日常ってものは淡々と過ぎて行ってるんですよねぇ」
「なんだ、どうした、急に」
部室でやることもないので読書をしていると、馬場園が急にそんなことを言い出した。
あまりに唐突だったので、ついにループのストレスが頂点に達して壊れてしまったのかと思ったほどだ。
「いやぁ、過去の傾向的に、セカンド・ターニングポイントから意味不明なシーンが続いちゃってるんですよねぇ。なので、わたしの場面の時くらい、きちんと時間軸を定義したほうが、読者の皆さんも読みやすいかなって思ったんですよぉ」
「随分と配慮が行き届いているじゃないか」
「それは、もう。『物語』なんて、読者の方に読まれて初めて価値が生まれるものですからねぇ」
最初の頃はただの覇気のない口調だと思っていたのだが、第七章で印象がガラリと変わってからというもの、馬場園の言葉には隠れた真意があるのではないかと、妙に勘ぐってしまう僕である。
関わっても損しかしないような気がしたので、僕は馬場園との会話が自然消滅する方にベットし、視線を手元の文庫本に落とす。
しかし、彼女の喋りは止まらなかった。
「せっかくなので、読者の皆さんへ向けて設定の開示でもしましょうかぁ。実はですねぇ、この『僕はライトノベルの主人公』という作品は、タイトルだけは最初から一緒だったんですけど、登場人物やプロットは、当初のものとは全然変わっちゃってるんですよねぇ」
彼女は、どうやら僕に話しかけてはいないようだった。僕の耳という一人称を通して、読者へ直接語りかけているようだ。
人を延長コードみたいに扱うならば、こっちも素っ気ない対応をしてやるぞと思って、僕は読書を継続した。
「最初は、本当にシンプルなメタ作品だったんですよぉ。『主人公』だけがこの世界を『物語』だと知っていて、他の登場人物にそれがバレないように、ありきたりなラブコメをするっていうストーリー。いつからでしょうねぇ。こんな複雑な設定と展開になったのは。わたしが、ループを経験するようになったのは。もう……覚えてないや。あはははは」
「……」
「知ってます? 高嶺先輩のボツ案。なんと、現代にそぐわない暴力系ヒロインの系譜だったんですよぉ。すぐに手が出て、横暴で、独裁者みたいなキャラでした。作者も、このキャラ造形じゃウケないし、動かしづらいって判断したんでしょうねぇ。あるバージョンから、高嶺先輩は、すっかり毒気を抜かれてアグレッシブ不思議ちゃんになってしまいました」
「…………」
「他にも、キャラ造形が変わった方はいますよぉ。例えばそこで、ボロ雑巾みたいに転がってるいろはさんなんかはぁ、」
「馬場園ッ!」
思わず大声が出た。
「ふえぇ。なんでいきなり怒鳴るんですかぁ。先輩。わたし、なにか言っちゃいけないことでも言いましたかぁ?」
この野郎。
「お前、おかしくなってるんじゃないか。この部室には、今、僕とお前しかいないじゃないか」
「先輩こそ、視神経にハリガネムシでも湧いちゃってるんじゃないですかぁ? いるじゃないですかぁ。わたしの足元に、ほら、ボロボロになったいろはさんが」
「いない」
「います」
「あいつは高嶺さんと一緒にメンテナンスに出かけただろ。お前は、性格が悪いから置いてかれたんだ。そんなことも忘れたのか」
「どこまでも、見て見ぬフリをするんですねぇ。一人称って、ズルいなぁ。そうやって、読者の目を欺くことができるんですもん」
馬場園はそこで、はぁと溜息をついた。
「いろはさんの功績のためにも、ここはちゃんと明示したほうがいいと思うんですけどねぇ。だって、セカンド・ターニングポイント以降、世界に溢れた非日常を消去して回ってるのは、他でもない、いろはさんじゃないですかぁ」
「何を言っている。いろははいつも通り、部室の据え置きマスコットだったろうが。別に、世界は至っていつものヘンテコワールド止まりだ」
「いろはさんの『メタ能力』がなかったら、わたしたちはとっくに魑魅魍魎の餌になってたってことくらい、先輩でもわかりますよね? だから彼女は無茶をして、こんな有様になっちゃってるんですけどぉ」
「それ以上、ワケのわからんことを喚くな」
「……描写をしてほしくないっていうのが、いろはさんの願いだってのは知ってますよ。その理由も。ここでは彼女の意思を尊重して、これ以上は言いません。でも、わたしは彼女の頑張りが、読者に知られず闇に葬られるのは、どうしても嫌なんです。設定は、作られたのなら、ちゃんと開示すべきです」
「登場人物にだって、プライバシーくらいはある」
「欺瞞ですねぇ。身を情報に変換して、読者にエンタメを提供するのが登場人物の本懐なんですよぉ? わたしは、そう思ってます」
「それはお前だけだ」
「それはそうかもしれませんねぇ」
馬場園はそこで、力なく笑った。
「先輩も、気付いてはいるんですよね。わたしたち、登場人物の『裏設定』に」
「……」
「気付いてないはず、ありませんよね。だって、少なくともわたしの『裏設定』は一目瞭然なんですから。ただ、先輩は、それをあえて描写していないだけ」
もう誤魔化すのは無理そうだ。
「……知ったところで、本人はおろか、読者ですら得をしない情報なんて、開示する必要がないだけだ」
「優しいんですねぇ、先輩は」
馬場園はにへらと笑った。
「大嫌いです」
やられっぱなしじゃ性に合わない。僕も皮肉の一つを吐きたくなった。
「そんなにお披露目したいんなら、今ここで、自分の口で言ったらどうだ」
「それだと、なんか、負けたみたいで嫌じゃないですかぁ。わたしは、あくまで、先輩の一人称で真実を語ってほしいんですよ。この、残酷な真実を」
「拷問されても言ってやるもんか」
「でしょうねぇ。期待はしてません。なのでわたしは、こうして会話の節々に含みを持たせて、読者へヒントを与えるだけに留めておきます」
馬場園は、僕の目を通して、読者に向かって問いかけた。
「みなさん、どうか、お暇だったら、考察でもしてみてください。どうか、わたしを、見つけてください」
彼女の言ったことは、すべて、偽りである。嘘である。捏造である。デタラメである。
読者諸君。
どうか、このシーンで起こったこと、すべて、真に受けないでやってほしい。
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