シーン51 狭間の光景
『ファイアワークス キャノン オプション ガトリング モード』
見るたびに男心をくすぐられるバトルモード形態のいろはが、認識コードを宣言する。
彼女の抱えた大砲の発射口が、一つの大口から大量の小口へと変形した。
『ファイア』
ズガガガガガッという弾丸の一斉掃射。
それらは市街地の至る所に現れた小型アノマロカリスを、次から次へと葬り去っていく。
考古学者が見たら泣き喚いて卒倒しそうな光景であったが、いくらカンブリア紀から復活を遂げた古代生物とはいえ、民間人を襲うようになったら、それはいろはたちの駆除対象だ。
それに、これらは高嶺さんの願望の産物であり、見た目もどっかの図鑑をコピペしたかのようにイメージ通りだ。考古学的価値はないに等しい。
高嶺さんの異様なまでの海洋生物への執着に思いを馳せつつ、僕は退治を終えたいろはを見る。
「これで終わりか?」
『アア ウチモラシ ハ ネェ』
いろはのライダーメットに、付近のマップらしきものが映る。どうやら敵対生物の生体反応を探っているらしい。
『コイツラ デ オワリ ミテェダ』
「おつかれさん」
早速『物語』のご都合主義が働いてカラスが群がり始めたアノマロカリスの死骸を、いろははしばらく眺めていたが、自分の身体のアップデートパーツになりそうなものは見つからなかったようだ。
彼女は持ってきたハンドル付きの台車の上に乗り、そこで変形を解く。
街を守った正義のヒーローが、廃品回収業者でさえも渋るような、ブラウン管と色落ち冷蔵庫へと早変わりした。
『ジャア アトハ タノム』
「仕方ないなぁ」
さて、ここからが僕の仕事だ。
エネルギーを使い果たして、動かぬ旧式家電と化したいろはを、学校まで運搬するという重労働である。
今日は高嶺さんも真城目も馬場園も不在なので、必然的に運搬係は僕が引き受けることになる。
「お前、もっと軽量化はできないのかよ。はっきり言って、台車でも重いぞ」
学校までの道のりを汗かきながらドナドナする僕は、合間合間にブラウン管に向かって愚痴を漏らす。
『物語』じゃなかったら不審者丸出しの行動だ。
『オトメ ニ ムカッテ オモイ トカ イウナ』
旧式家電モードのいろはは、文字をブラウン管に表示させて僕と会話を行う。
「あいにく、ロボットに浪漫は感じても色気は感じねぇよ」
『トコトン シツレイ ダナ オマエ』
「お前を性の対象に見る方がたぶんヤバいぞ」
そこでいろははブラウン管をチカチカと点滅させた。初めて見る反応だった。
流石に軽口のアクセルを踏みすぎたか。だから僕はずっとぼっちだったんだよな、と、ちょっとした自省心がはたらいたところで、いろはは反応を寄越した。
『ソレ チヒロ ニモ イッタラ ブットバス カラナ』
どうやら彼女は主人であるところの高嶺さんを慮っていたらしい。
「言わないし、そもそも思ってもない。彼女が魅力的だってのは、そうだよ。認めてる」
本心だった。
『ナラ イイ』
僕はそこで気まずくなって、しばらく無言のまま台車を押し続けた。
土手の舗装路をガタガタ歩いていると、不意に、いろはがオレンジ色のドット文字を表示した。
『コレカラモ チヒロ ト ナカヨク シテ ヤッテクレ』
僕は何を言うべきか考えあぐねた。
いろはがまた文字を表示した。
『アイツ ケッコウ サビシガリヤ ナンダヨ』
「意外な一面だな」
僕はとりあえず、そう返した。
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