シーン50 ある一幕

 高嶺さんの世界改変能力が幅を利かすようになってからというもの、僕はこれまでの常識的で模範的で退屈な人生から、一歩、踏み出すような生活を送っていた。


 今までは怒られたくない、目立ちたくないという心根から、思考にちらついても見て見ぬふりをしてきた行動を取るようになったのだ。


 なんせ、いくら非常識な行いをしようと、周囲のモブたちは、大体のことを「まぁそういうこともあるよね」の精神で見逃してくれるからだ。


 だから、今、僕と真城目は、男子特有の悪ノリ精神の赴くまま、授業を抜け出して屋上でぼんやり外を眺めるという青春の一コマを過ごしていた。


 脳内で記述はしているものの、こんなのはただの男子高校生の戯れでしかなく、プロットなど含んでいるようには思えない。


 一体いつになったら、この第4章は先へ進むのかと思いながら、横から吹き付ける強風にちょっとビビっていると、


「手塚くんには、好きな人などはいないのか」


 真城目が出し抜けにそう尋ねた。


「なんだよ。藪から棒に」


「なに! 我々も健全な男子高校生であるからな! 恋バナの一つや二つ、してもおかしくはなかろう!」


「修学旅行の夜かよ」


「シチュエーション的には似たようなものだろう! 授業サボって友情を深めるなど、滅多にお目にかかれない非日常的イベントではないか!」


「お前はしょっちゅう授業抜け出してるだろうが。『悪の組織が攻め込んできたぞ!』なんて喚きながら」


「あれは言葉の通り、生徒の皆を守るためにやむなく行った自主休講である! 自らの意思による純粋なサボタージュは、私にとっても初めての経験だ!」


「そいつはめでたいことで」


「ふふふ。はぐらかそうとしても無駄だぞ手塚くんよ! さぁ、お互いの好きなタイプを言い合おうではないか!」


 なんでこいつ、こんなにテンション上がっているんだ。


「恥ずかしいから嫌だ」


「私の好きなタイプは、精神に一本筋が通っていて、絶対に信念を曲げない人である!」


 この野郎。コイントスもしないで先行を取りやがった。


「さぁ、手塚くんの番だぞ!」


「いつからターン制バトルが始まったんだ。先行ワンターンキルが決まってそっちの勝ちってことにしてやるから、僕は言わない」


「さぁ!」


「聞く耳持たねぇなお前」


 このままはぐらかしても圧倒的なパッションによって、いつかは口を割ることになるだろうなと、僕はわかった。


 しぶしぶといった調子で口を開こうとしたその時、びゅんと、旧校舎から何かが飛んでいくのが見えた。


 いろはだ。バトルモードに変形して飛んでった。


「むむッ! あれはいろはくんではないか! 彼女が出撃していったということは、また、街にエビゴン様のような怪獣が出現したということか! こうしてはおれん!」


 真城目はお得意の早着替えを披露して、あの目に痛いブルーのジャージに換装した。


「手塚くん! すまないが甘酸っぱい恋バナはここで終わりだ! 私はこれより、いろはくんの後を追って平和のために邁進せねばならぬ!」


「おう、そうか。頑張ってくれ」


「君も、よければ見に来てくれると嬉しい!」


「いつものことだろ。チャリで向かうわ。頼むから、僕の到着前に全部のケリつけるのだけはやめろよな」


 見逃す時点でプロットを含まない日常茶飯事な怪獣退治なんだろうが、せっかく足を運ぶんだから、ヒーローショーの一幕くらいは見せてもらいたいもんだ。


「それは相手の出方次第であるな!」


 そこで真城目はいつものニヤケ面を浮かべ、懐からガスガンを取り出し、進行方向へ向けて発射する。


「それでは、行って参る!」


 ――いつもの、転移。


 一人取り残された僕は、ポケットの中に自転車の鍵がちゃんとあることを確認し、校舎内へと続く扉に向かって歩を進める。


 ふと、足が止まって、こんなことを思う。


 僕からわざわざ話を切り出すことはないだろうが、もしも真城目がまたこんな会話をしてきたら、その時は、素直に言ってやってもいいかもしれない。

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