シーン48 メタ認知

 部室に戻ると、高嶺さんが半壊した壁から漏れる日光を浴びて、優雅に読書をしていた。


 その光景は、深窓の令嬢という言葉がよく似合うほど、画になっていた。


「おかえりなさい」


 彼女は僕らが部室に入るとにこりと笑顔を向けたが、その視線はすぐに手元の文庫本に戻った。


「なるほど。こうなっているのね。とても面白いわ」


 彼女が手元に携えているのは、『僕はライトノベルの主人公』と題された文庫本。


 すなわち、マクガフィンである。


 僕だけが、「しまった。やらかした。これで彼女はこの世界の秘密を知ってしまった」と焦りまくっているのに対し、他の登場人物たちは、まるでこうなることがわかっていたかのように、覚悟の決まった目つきをしていた。


「そう。そうよね。プロットを手に入れることができる真城目くんがいるんだもの。私が、こうしてマクガフィンを読んで、この世界の『設定』を知ることは、きっと、予定どおりなのよね」


 無言の肯定とばかりに、全員が押し黙って、高嶺さんの動向に目を光らせていた。


 この世界の神にも等しい力を持った高嶺さんが、その力を認識してしまった。


 一体、この『物語』は、これからどんな展開になってしまうんだ。


「手塚くん」


「はい」


「あなたと三人称視点さんが紡いだ『物語』、読ませてもらったわ」


「……どう、だった?」


「セカイ系を下敷きにしたメタフィクションというところは、とても面白い発想だと思うの。いろはも、あたりちゃんも、真城目くんも、浦原くんも、みんな、キャラクターが立っていたし、掛け合いもふふふと笑えて、良かったわ。基本的にはコメディで読みやすいけれど、手に汗握る展開もあって、私、手塚くんが一度殺されてしまったところは本当に動揺してしまったのよ」


「それは、うん、よかった、のか?」


「でもね」


 でも?


「でも、まだこの『物語』には、たくさん、改善の余地があると思うの」


 嫌な予感が、する。


「だから、手塚くん」


 高嶺さんはそこで本から顔を上げて、僕を見た。


 ただの『メインヒロイン』だと断ずるにしては人間臭く、人間にしては機械じみていて、デウス・エクス・マキナと名乗るには、あまりにも、『メインヒロイン』の顔をしていた。


「この『物語』を、最初から、書き直してみるのはどうかしら?」


 途端、足元が崩れ落ちるような感覚がして、その時、世界そのものが、ぐにゃりと歪んだ。

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