シーン47 たったひとつの冴えたやりかた
ライトノベルに限らず、あらゆるジャンルの『物語』において、『キス』という行為は大きな意味を持つ。
それは、甘酸っぱい関係性が進展する際の転換点だったり、瀕死の状態から新たな力を得る覚醒イベントだったり、セカイを救うためのほんの些細なきっかけであったりする。
いずれにしても、『物語』を大きく左右するシーンであるということは間違いない。
しかし、今どき、「男女のキスによって事態が解決する」なんて手垢のついた展開を、やるかね、普通。
「信じがたいことではあるが、困ったことに、そうなのだ。手塚くん。君と高嶺さんのキスシーンは、かなり初期の段階で、プロットに組み込まれていた」
しかも、そのシーンが、本作のストーリーにおいてもループ発生の特異点になってるとはな。
どうやら作者はなんとしてでも僕と高嶺さんの接吻シーンを描きたいらしい。
ここまで来ると流石に気持ち悪いな。
読者のヘイト覚悟で言わせてもらうが、
「その展開は、無理だ。なぜなら、僕は高嶺さんに恋愛感情というものを、本当に、まったく、これっぽっちも抱いていない」
好意を寄せられているだとか、美人だとか、性格が良いだとか、料理が上手いだとか、名実共にこの『物語』における『メインヒロイン』だとか。
そんなものは、僕の好感度にまったく寄与しないのだ。
「なんでですかぁ? 高嶺先輩って、『設定』って言っちゃえばそうなんですけど、結構魅力的に描かれてる方だとは思いますよぉ」
理由は至極単純である。
「……高嶺さんは、僕のタイプじゃない」
「うっわ」
『チョウシ ニ ノルナヨ ダンゴムシ ガ』
「好きでもない女性とキスするなんて、自分に嘘をつくことになるし、なにより高嶺さんにも失礼だろうが!」
いくら女性陣からの非難を浴びようとも、僕はこの信念を曲げるつもりはない。
「僕は、僕を好きになる女性を好きにはなれん。趣味が終わってるとしか思えんからな」
「こじらせちゃってますねぇ」
うるせぇ。
こっちは一癖も二癖もありそうな腹黒厄介お姉さんがタイプなんだよ。タトゥー、ピアス、喫煙もしてたら尚良しだ。
「……とにかく、この『物語』が何度もループしている原因がわかったな。僕みたいなダンゴムシと、完璧超人高嶺さんとのキスシーンだなんて、描こうとする方がどうかしている。そんなもん、未来永劫できるワケないからな」
「先輩、何か勘違いされてるみたいですけどぉ」
そう前置きして、馬場園は言った。
「キス自体は、もう過去のループで何度もされてますよぉ」
嘘だろ。
「嘘だろ」
思わず思考と言動がリンクしてしまうほどの衝撃だった。
「馬鹿な! この僕が高嶺さんとキスをしただと⁉ ありえん! 天地がひっくり返ってもありえん!」
魅力的な女性だからといって、話運びがそうなったからといって、好きでもない女性と接吻するなど、僕の堅牢強固な貞操観念が許すとは思えない。
「そんな恥知らずに育ってきた覚えはないぞ!」
「待つんだ手塚くん! 君からではなく、高嶺くんから迫ったという可能性もあるぞ!」
「先輩の方からぶちゅーっとやってましたねぇ」
「すまない! もうフォローは無理そうだ!」
『ニンチ シロ セキニン トリヤガレ』
「キスの描写したのも、他ならぬ先輩でしたからねぇ。わたし、何回も読んだので間違いないです。なんなら、記憶辿って地の文でも音読しましょうかぁ?」
嘘でも真実でも精神的ダメージを負うことになる悪魔の提案に、僕は無言で首を振って拒否の姿勢を示した。
馬場園はへぁと溜息のようなものを漏らす。
「だから、キスの有無自体はループの原因じゃないんですよねぇ。一体、何が原因でこの『物語』は巻き戻ってしまうのか。わたしたちは、迫るタイムリミットの中、それをなんとしても見つけないといけないんです」
「そうだな。最終章へと続くセカンド・ターニングポイントが起きるまで、あと数行といったところだろう」
『イヨイヨ カ』
登場人物たちは、それで話は終わったとばかりにそぞろに席を立ち、まだ展開を受け止めきれていない僕を見下ろした。
「どこへ行くんだ」
真城目が答えた。
「決まっている。高嶺くんのところだ」
僕は真城目に腕を引っ張られ、やむなく、立ち上がった。
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