第七章 セカンド・ターニングポイント
シーン46 登場人物たちの裏事情
食堂の屋外喫茶スペースまでたどり着いた僕らは、各々自販機で購入した飲み物を携え、一つの丸テーブルを囲んでいた。
「お前ら、僕に何か言うべきことがあるんじゃないのか?」
迂闊にもホットコーヒーを選択してしまった僕は、冷めるまで口をつけることができないという定めにあったので、まずそのように口火を切った。
各登場人物の反応はバラバラである。
真城目は汚職でもバレたのかと思うくらい胃を痛めた表情をしていて、馬場園は口をへの字にして不機嫌、いろはは省エネのためブラウン管に戻ってしまったので、わからん。
気まずい沈黙の中、まず真城目が口を開いた。
「助けに来るのが遅れてしまい、誠に申し訳なかった!」
「それはいいよ。結果、間に合ったんだし」
「じゃあ……えーっとぉ、見殺しルートそのまま放置してしまって、すいませんでしたぁ」
馬場園が、いつものおどおどした口調ではなく、ふてぶてしさ全開でそう言い放つ。
「……それについては、今の僕には実感が湧かないから、なんとも言えん」
『シリアス ムード ニ シテ スマンナ』
いろはについてはもう描写しなくていいだろ。いつものブラウン管だ。
「これからは、テンポの良い会話して、コメディに舵を切っていこう。って、ちがーう!」
「「『…………』」」
妙な空気感を僕なりに払拭しようと、精一杯の大声出してノリツッコミというものをしてみたのだが、どうにも空回りしてしまったようだ。
くそう。
「……僕が言いたいのはだな、お前らがこれまで隠してた『物語』の設定について、いい加減、教えろってことだ」
僕はそこでコーヒーを一口啜った。まだ熱い。
「僕も馬鹿じゃない。さっきの浦原と真城目の問答や……彼の結末を見届けて、いくつか察しはついてる。これまで隠してたのにも事情があったってのも、わかる。だが、明らかにさっきの展開で、この『物語』は先に進んだはずだ。そろそろ語ってもいい頃だろ」
「手塚くん。君は、どこまでご存知か?」
「とりあえず、高嶺さんのトンデモ能力については知っている」
僕は、マクガフィンと浦原に聞いた内容をかいつまんで説明した。
この世界は本当にライトノベルという『物語』であること。
高嶺さんが世界改変能力という神にも等しい力を持っていること。
僕は『主人公』としてプロットを収集しながら、この『物語』の完成を目指してること。
すべてを説明すると、真城目はこくりと頷いた。
「うむ。その認識で間違いない。だが、不足している情報もあるな。それらは、ここで開示するとしようか」
どうやら、浦原は、信用を勝ち取るために口からでまかせばかり言っていたワケではないらしいとわかって、僕は不覚にも、彼に一種の誠実さを感じた。
「まずはお前らの正体から聞こうか」
「そうだな。名付けるとするならば、『メタ登場人物』とでも言おうか。自らが『物語』という仮想世界に生きているという自覚を持った上で、それを完結に導くために行動するキャラクター。それが我々だ」
「お前たちは、最初から、この世界が『物語』だと知っていたってことでいいんだよな」
「今回のバージョンに限って言えば、そうですねぇ」
「……今回?」
「お気づきだとは思うんですけどぉ、この作品は、もう、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も書き直されてるんですよぉ。もう、今が何回目かわからなくなるくらいには」
馬場園の語気には確かな苛立ちが含まれていた。
「もちろん、先輩に自覚はないと思いますよぉ。このループ?……リライト?……は、メタ登場人物でも知覚できないって設定になってますからぁ。ただ、わたし、馬場園あたりだけは、そのリープを超えて記憶を引き継ぐことができるんですよねぇ。こんな厄介な『メタ能力』を持ってるおかげで、わたしは、各バージョンの違いに気付いたり、あるいは似通ったバージョンの未来予測ができるっていうワケです、はい」
馬場園はそこでへへっと笑って見せたが、その濁った瞳はまったく笑っていなかった。
僕はそこで、何故馬場園がこんなにも負のオーラを纏っているのか察した。
三流ラノベのループに囚われるなんて、想像するだけで、退屈かつ苦痛極まる拷問だ。
「馬場園くん。それに関して、一つ、私から言いたいことがある」
「何ですかぁ?」
「君は、浦原くんの手塚くん暗殺計画については知っていたのだな?」
「そうですねぇ」
「確かに、君の機転によって、結果的に手塚くんは無事だった。だが、彼が一度、本当に死んでしまったというのは疑いようのない事実でもある。君は、何故、浦原くんの蛮行を一度見逃すような真似をした?」
「何故、と言われましてもですねぇ。そちらのほうが、展開的に面白くなりそうだったから、としか」
「……ふざけているのか?」
浦原の時も思ったが、真城目はキレるとむしろ語調が静かになるタイプらしい。
目線のぶつかりあいを感じて、僕は少し怖くなる。
「ふざけてるように、見えます? わたし、これでも真剣なんですよぉ。だって、きっと、この場にいる誰よりも、この『物語』をさっさと終わらせたいと思ってるんですから」
馬場園の隈だらけの目から感じ取れるのは、激しい怒りではなく、静かな苛立ちだった。
「『物語』がループしてしまう原因は、直接的には高嶺さんの一存なんですけど、彼女は舞台装置に過ぎないんですよ。理由はもっと別に、わかりやすく、ちゃんとあります。それは、プロットの未回収。単純に言えば、『物語が満足できるクオリティに達していない』から起こるんです。わたしは、これまでのループでそれを嫌というほど学びました。多少過激な展開になろうとも、妥協なんてしてる場合じゃないんです」
「だからと言って、救える命を見逃していい理由には、」
「もういい。やめろ真城目」
流石にこれ以上空気が悪くなると、胃が無限縮小して消滅してしまいそうだし、いろははさっきから家電形態にトランスフォームしてだんまりを決め込んでいたので、僕はそこでやむなく、二人の間に割って入った。
「こんなとこでお前らが言い争ってどうする。真城目。お前の『ヒーロー』としての矜持には頭も下がるし立派だと思う。でも、もう、いいよ。ありがとな」
行動力がダンゴムシ程度しかない僕が喧嘩の仲裁に入るという異常事態を、真城目も認識したのだろう。
彼はそこで気まずそうに目を伏せた。
「……すまない。頭に血が昇りすぎていたようだ。馬場園くん。君の境遇もきちんと考えるべきだった」
「別にいいですよぉ。わたしは、今回こそループを終わらせることができれば、それで」
心底どうでもいい……いや、違う、まるでそれ以外のことを考える余裕などないといった調子で、馬場園は答えた。
どうやら、この『物語』の設定と登場人物の事情は、僕が思っている以上に複雑らしい。
「設定については、わかったよ。それで、僕はこれから、一体何をすればいいんだ」
その質問には真城目が答えた。
「それはこれまでと変わらない。君は、『主人公』として、プロットを回収していくのだ」
「また暗中模索のスタンプラリーかよ」
「いや、プロットの内容と、開示すべき時については、ほとんど私が把握している」
「なんだと?」
驚く僕をよそに、真城目は懐からがさごそと、折りたたまれた紙片の数々を取り出した。
「私の『メタ能力』は、アスポートによって作者が生み出したプロットを手元に引き寄せるというものだ。作者の日記、メモ帳、果ては脳内における未言語状態のアイディアまで、作者の思いついたプロットはこうして私が所持している」
浦原の話を思い出す。彼は、ある日突然、自分の元にマクガフィンとプロットが届いたと言っていた。
彼が所持していた物質的なプロットは、真城目の能力によるものか。
「内容はほとんどメモみたいな短文でしかない上に、今はまだ明かせないものもあるが、『物語』の方向性を探るには十分な情報量だ。私はこれらのプロットをいろはくんや浦原くんに適宜提供し、裏で展開を操作していた。暗躍するような形になってしまい、その点はすまなかったと思っている。そもそも私が浦原くんにプロットを渡さなければ、彼もあんな所業に踏み切ることもなかったろう。本当に、申し訳ない!」
「もう、いいって。今は『物語』を前進させるほうに視点を向けようぜ」
真城目の正義感は、思っていたよりも潔癖だった。
僕は彼の謝罪についてはあえてスルーする形で、話を先に進める。
「ってか、回収すべきプロットが全部わかってるなら、楽勝じゃないか」
「ところが、そう簡単な話ではないのだ」
だろうな。前フリだとわかって言ってやったよ。
「絶対に、『物語』がループしてしまう特異点があるんですよぉ。そこまでは、わたしの知識や真城目先輩のプロットに従えば到達できるんですけど、あるシーンで、必ず、この『物語』はまた一章に戻っちゃうんです」
「……恐らく、作者はそこで一つのプロットを用意しているはずなのだ。ループを抜け出すための、ある行動。だが、私の能力ではそれを手に入れることができなかった」
「たぶん、意図的に隠してるんでしょうねぇ。ライトノベルだったら、絶対に挿絵が挟み込まれるってくらい重要なシーンなので。メタ登場人物の能力っていうインチキを使ってほしくないんだろうなぁ」
「なんだよ、そのシーンって」
そこで真城目と馬場園は示し合わせたように目を合わせ、口を噤んだ。
何故そこで口ごもる。
その「どっちが言う?」みたいな目配せをやめろと思ったところで、これまで沈黙を保っていたブラウン管から、ガビガビの音声が鳴った。
『キス シーン ダヨ』
「え?」
音質が悪すぎるあまり聞き間違えたのかと思った。
そう思いたかった。
『オマエ ト チヒロ ノ キス シーン ダ』
しかし、趣というものを理解しないブラウン管の言ったことは、真城目と馬場園が揃ってこくりと頷いたことで、真実だと証明されてしまった。
「マジかよ」
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