シーン44 ひとりの結末
「出し惜しみはしねぇ。全力でいくぜ」
『カカッテ コイ』
離れた距離にいるのに二人の会話が何故か聞こえるだなんて野暮なことは、もはやどうでもよくなっていた。
僕は、随分と近づいてきた非日常的な光景ってヤツにすっかり心を奪われてしまっていたのだ。
固唾を呑んで、両者の動向を見る。
浦原の周囲には、トンボを模したドローンが飛び回っており、ブンブンという羽音が鼓膜を揺する。
武装白衣は巨大な蜘蛛の形になって、主人を脚の間で保護していた。
校舎に何かキラリと光るものが見えたと思ったら、すっかり存在を忘れていた紙袋のデモ隊が(やっぱり浦原が今回の事件の黒幕だったのだ)、窓という窓から銃を突き出し、いろはに照準を向けていた。
それらは僕に蜂の巣と兵隊バチを思わせた。
浦原の武装は、外というフィールドを最大限に活かした、多勢の軍隊そのものであった。
片や、いろはというと、いつものアナログテクノロジーの武装もなく、ただただ突っ立っているだけである。
傍目には、多勢に無勢もいいところだった。
「撃てッ!」
浦原の合図で、構えられていた重火器が一斉に火を噴いた。
棒立ちのいろはに向かって、弾丸が、ドローンが、爆弾が、霧状の薬品が、四方八方から襲いかかる。
『Dレーザー ファイア』
いろはが放ったのは、横薙ぎの光、一閃。
それだけだった。
それだけで、浦原の総攻撃はすべて消し飛んだ。
音も無く、爆発も無く、残骸も、破片すらも残らず、それらは一瞬にして、そう、消滅した。
僕に見えたのは、本当に、それだけだったのだ。
彼女の一撃は、もはや、攻撃ですらないと思った。次元が違っていた。
今やデモ隊は姿を消し、校舎はいつもどおりの日常を取り戻していた。
周囲を飛び交っていたドローンは一体たりともいなくなっていた。
浦原の、蜘蛛に変形した武装白衣も消えていた。
残っていたのは、煉瓦のタイルにぽつんと立つ、いろはと、白衣を剥ぎ取られた浦原だけだった。
「あー、ここまでか」
浦原は、驚くでも、唖然とするでもなく、ただ諦めたように笑っていた。
いろはが、彼に向かって歩み寄る。
『サイゴニ イイノコス コト アルカ?』
ブラウン管特有のガビガビの声は、そう尋ねた。
「そうだなぁ」
浦原は僕を見た。間違いなく見た。目が合った。
「手塚ぁ。俺にできることは、ここまでだ。あとはテメェで何とかしやがれ。いつまでも、止まってンじゃねぇぞ」
彼は、もはや懐かしい、あの、皮肉めいた、悪魔のような笑みを浮かべていた。
殺されそうになったというのに。怖い思いをさせられたというのに。
僕は、何故だか泣きそうになった。
『ジャアナ』
「おうよ」
『Xカッター スラッシュ』
いろはの腕から伸びる光の剣が、浦原の身体をふわりと撫でた。
それで、彼の身体は跡形もなく消えた。
嘘みたいに消えたのだ。
すべてを見届けた僕は、くるりと後ろを振り返る。半壊した部室が嫌でも目に入る。
後ろでは、真城目がハンカチで傷口の深いところを止血していた。
「なぁ、真城目」
「なんだい」
「頼むから、説明してくれないか?」
月並みなセリフだ。
そんなことは、わかっていた。
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