シーン43 ヒーロー対峙
「まぁ、そうなるわなぁ。『主人公』の描く絶対絶命ってヤツほど、信用できねぇモンはねぇ。ギリギリのトコでやってくるとは思ってたぜ、『ヒーロー』」
浦原は、また、深い溜め息を吐いてうなだれた。
先程まで僕を押しつぶそうとしていた白衣の双腕は影も形もなくなっており、彼の身体はガイコツみたいなシルエットをむき出しにしている。
どうやら、真城目は自身の『座標交換』の超能力を使い、浦原の武装白衣と自分の位置を交換し、僕の眼の前に現れたらしい。
「真城目……お前、お前ぇ……」
いつもならば「来るのが遅い」と文句の一つも垂れるのだが、流石に今回は感謝の念が勝った。
喧しい厨二病のクラスメイトが、こんなにも頼もしく見える日が来ようとは。
「ふははははは! どうやら見たところ怪我の類はないようであるな! ならば逃げの一手の必要はなし! 思う存分、悪者を退治するとしよう!」
そう言って、真城目は振り返る。
真城目の視線が僕から浦原に切り替わるその時、僕は見た。
真城目のいつものニヤケ面が、明らかに怒りのこもった剣幕に変わるその瞬間を。
「さて、浦原くんよ。倒してしまう前に、出来れば事情をお聞かせ願いたいものだな。どうして、手塚くんをここまで追い込んだ?」
唯一の武装とも呼べる白衣を失った浦原は、それでもズボンのポケットに手を突っ込み、あくまで不遜の態度を崩さなかった。
「おいおい、ストーリーも佳境だってンのに、まだいい子ちゃんの皮を被ってるつもりかよ。俺もお前も、目的は一致してるはずだ。俺は、この『物語』を完結させるために、『裏切り者』の役割を果たしただけだ」
「プロット通りならば、君の裏切りはせいぜい、高笑いを上げながら襲いかかる程度のものであったはずだ」
「そうだっけなぁ」
「明確な殺意と綿密な計画で手塚くんを殺めた君は、明らかに一線を超えている。馬場園くんが事前に対処していなければ、取り返しがつかないところだったのだぞ」
「ああ、あのブスにはしてやられたぜ。まさかたったの一文ですべてを覆されるとはな。流石は何度もループを経験してるだけはある。俺の行動も、ヤツにとっちゃ予習済みだったってコトか」
「……彼女にしてやられたのは私も同じだ。事前に君の行動を教えてもらっていたら、もっと早く駆けつけたというのに」
急に、二人の会話の内容の意味がわからなくなる。
この世界が本当にライトノベルだってことを知っているのは、登場人物の中では、僕と浦原だけなんじゃなかったのか?
何故、真城目がプロットのことを知っている?
ループって、なんだ? 馬場園も一枚何か噛んでいるのか?
「君の目的は何だ」
「まー、俺もお年頃ってヤツだからよ、一回、『主人公』になってみたかったンだよ」
「そうか。あくまで本意を語るつもりはないと」
数多の疑問が次々と浮かんでいくが、僕の脳内がパニックになっている間も、二人の間に流れる緊迫感は増していた。
今や真城目の声は驚くほどに冷たく、いつものハイテンションはどうしたと問いかけたくなるほどだ。
「ならば、問答は終わりだ。君には、ここでご退場いただく」
真城目の語気に一層怒りが込められる。
「やってみろ」
浦原の目つきが鋭さを増す。
一触触発の空気。
――先に仕掛けたのは、真城目だった。
彼は浦原の背後にあったカーテンと自分の位置を入れ替え、死角からの奇襲を図った。
しかし、浦原は眼の前に現れたカーテンから、真城目の転移先を悟ったらしい。振り返ることもなく、一歩踏み込み、背後からの一撃をかわす。
ブォンとエンジンのような音がして、浦原の右足が華麗な後ろ回し蹴りを放つ。上履きの踵にはブースターでも仕込まれていたのか、赤い炎の軌跡が見てとれた。
だが、真城目は――部屋の隅の掃除用具入れと自分の位置を交換。浦原の回し蹴りは金属質の箱に放たれることとなった。
「痛ぇなクソが!」
攻撃が自傷ダメージへと変換され、形勢は真城目に傾いたかと思われた。
しかし、僕の背後で、ガシャンと破壊の音が鳴る。
「何ッ!」
突如、部室の窓をぶち破って乱入してきたその白い布地の鴉に、――僕と真城目はほとんど同時に驚いた。
間違いない。浦原のメインウェポンだった武装白衣だ。どうやら遠隔操作も可能らしい。
「危ねぇ危ねぇ。なンとか間に合ったか」
折り紙のように器用に形を変える白衣の怪鳥が、部室の壁を破壊しながらぐるりと旋回し、再び浦原の袖に通る。
逆接続詞が交互に繰り返される攻防。
僕はその光景をただ見ていることしかできなかった。
いや、もっと悪い。僕は、真城目の足を引っ張ることしかできていなかった。
「真城目ッ!」
咄嗟に彼が座標交換をしてくれなければ、僕は恐らく、大怪我をしていたことだろう。
実際、僕との転移を果たした真城目は、窓と壁の破片を全身に浴び、無数の切り傷から血が滴り落ちていた。
「なぁに、心配は無用である!」
などと、精一杯の強がりを見せているが、素人目に見ても真城目が劣勢であることは明白だった。
「諦めろ真城目。守りながら戦うテメェと、破壊の躊躇がねぇ俺とじゃ、マトモな戦いにならねぇよ」
浦原の言う通りだ。
浦原は攻防の間も、目配せのフェイントや暗器の類でもって、常に僕を狙っている。
真城目は、そんな足手まといの僕に意識を向けなくてはならず、明らかに全力を出し切れていない。
かといって、どこかへ逃げ出そうにも、常に浦原は僕の逃げ場を塞ぐような立ち回りをしており、下手に動けばやられるという危機感が僕の足を止めていた。
これだから、無能力者ってヤツは嫌なんだよ。
いざという時に、自分の身さえ守れない。
「案ずるな、手塚くんよ」
自分勝手な自己嫌悪に陥りかけていた僕に、真城目が声をかけた。
「私が、君を守るということしかできないのと同様に、君には、君にしかできないことがあるのだ」
「テメェの身さえ危ういってのに、人のメンタルケアなンかしてる場合かよ」
いや、違う。
これはただの発破じゃない。僕は気づいた。
真城目が、後手でガスガンを構えていた。
照準は、背後。今や半壊してすっかり風通しのよくなった部室の外である。
「それに、私は一人で戦っているワケではないのだよッ!」
外に向かって弾丸を発射するのと同時に、真城目は浦原に向かって全力で駆け出した。
弾丸の軌道は、真城目の背中に隠れて、浦原の目には届いていない。
「自爆特攻かァ⁉ ナメンじゃねぇッ!」
――壁の端材――へしゃげたパイプ椅子――折れた机の足――真城目は転移を繰り返し、浦原の猛攻を掻い潜って接近する。
「――ここは、我々の大事な部室だ。暴れるのならば、ご退出願おう」
そして、完全に背後を取った。真城目の手が、浦原の身体に触れる。
転移。
――そして、浦原の姿は一瞬にして姿を消し、代わりに、かつんと、床にBB弾が落下した。
「ふぅ」
部室に久方ぶりの静寂が訪れ、真城目は一仕事終えたとでも言わんばかりの溜息をついた。
「真城目! 大丈夫か⁉」
真城目が力なく壁に寄りかかるのを見て、彼は相当無理をしたのだということが伝わった。
「なに。心配はいらんぞ手塚くん。こんな怪我には慣れている」
「とりあえず! 早くどっかに逃げようぜ。あの転移も一時しのぎだろ。すぐにまた襲ってきたら、」
「いや、その心配はない」
満身創痍だというのに、その語気には自信が込められていた。
「私は一人で戦っていないと言ったであろう? 大丈夫だ。外には、我々にとっての最高戦力がいる」
「誰だよ、それは」
「それは、君の目でもって描写をしてくれ」
そう言って、真城目は壊れた壁の向こう側を力なく指さした。
「そして、どうか、見届けてやってくれ。浦原くんという、一人の登場人物の、その結末を」
そんな託すような目を向けられたら、要望に応えないワケにはいかなかった。
僕は恐る恐る半壊した壁に向かって近づき、外を見た。
旧校舎と本校舎の間に広がる煉瓦のタイル。
本校舎を背にしてこちらを向いているのは、傲慢不遜の『研究者』、浦原罪であり、
旧校舎を守るようにして、それと相対するは、ブラウン管の『付喪神』、いろはであった。
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