第三章 ファースト・ターニングポイント

シーン22 マッドサイエンティストは目つきが悪い

 街灯の白熱電球が、彼の姿を白く照らしていた。


 その男の外見は、一言で言うと、『マッドサイエンティストな少年』であった。


 長身痩躯を白衣で覆ったぼさぼさ頭。姿勢は極端な猫背であり、身長は高いのに、公人を見上げるような目線になっている。


 顔面は整ってはいるものの、人でも殺そうとしているのかというくらい目つきが悪く、おまけに蒼白で病人のようにも見えるため、第一印象でそれを見抜くことは難しい。


 恐らく公人と同年代か、あるいは少し上くらいなのだろうが、全体的に、老けて見える。


「おい、名前呼ばれてンだから、返事くらいしろよ。手塚公人だな」


 その不審者は、だんまりを決め込む公人に対し、苛ついたように再度問いかける。


 横目で彼を観察した公人の脳内に、いろはや馬場園、真城目の姿がちらついた。


 眼の前にいる不審者に、能力者のような異質なオーラを感じ取った公人は、自転車のハンドルを強く握り、決意のほぞを固める。


「いえ、人違いっす」


 公人はその瞬間、乳酸溜まった筋肉に鞭打ち、勢いよく走り出した。


 疲れ切ったシナプスでなんとかひねり出したこの事態への対処法とは、「面倒そうだから無視しよう」であった。


「あっテメェ! 待ちやがれッ!」


 しかし、サドルに跨りペダルを踏み込んだその瞬間、荷台を掴まれ、止められてしまう。


「おいコラ! 何逃げようとしてンだテメェ! 手塚公人!」


「知りませんそんな人! 誰ですか! 僕の名前は遠藤法雄です!」


 意外と後ろに引っ張られる力が強くない。

 こいつ、見た目のヤバさに反して実は非力なのか、と、公人は勝機を見た。


 足に、さらに力が込められる。ずりずりと、自転車は前進していった。


「堂々と嘘つくンじゃねぇ! つーか! こっちはわかって問いかけてンだよ! 間違うワケあるかボケ!」


「要件は後日お伺いいたしますので、今日のところは帰らせてください!」


「できるかァ! こっちはな、いつ来るかもわかんねぇ中、街灯の下でずっと待ってたンだぞ! あんだけ羽虫にたかられて、今更ハイそうですかと帰れるか!」


「それこそ知るか! 僕はなあ、もう脳のキャパがないんだよ! 早く寝させろ!」


「だろうなァ! 癖のある能力者どもは凡人にゃ刺激が強かったろ!」


「ああん⁉」


 やはりこいつ、真城目たちの関係者か。


 もしかすると、今日のエビゴン様の出現については、こいつが大きく関わっているのかもしれない。


 しかしそれでも、面倒くせぇ、帰りてぇという気持ちが勝り、公人はフルパワーでペダルを踏み込む。


「いだだだだだ! 指! 指が千切れるだろバカヤロウ!」


「離したほうが身のためだぞ!」


「なんで拒むンだ! 流れでわかるだろ! 俺が新たな展開を授けに来た新キャラだって! 話くらい聞けや!」


「わかってるから嫌なんだよ! なんだよどいつもこいつも! これ以上、僕に非日常を注ぐな! 僕の世界には、そんなものいらないんだよ!」


「嘘つけ! その割には喜んでただろうが!」


「あ?」


 そこで急に、公人の足が止まった。


 自転車から降り、振り返って向かい合う。二人とも汗だくだった。


「お前、今、なんて言った?」


「なンでここで渾身のブチギレかましてンだよ。沸点が謎だわ」


「喜んでた、って、言ったか? 僕が? あのトンチキな光景を見て喜んでたと?」


「ああ」


「自分には何の能力もないのに、一方的に非日常を見せられて、喜ぶワケないだろ! ブチ殺すぞお前!」


「すっげぇキレてる」


 公人はぐしゃぐしゃと頭を掻きむしってから、吼える。


「なんで? なんで僕だけ無能力者なんだよ! あの流れだったら普通、僕も何か力が覚醒して然るべきだろ! 何で楽しそうな怪獣退治をただ見てなきゃならなかったんだよ!」


「……どんまい」


 目つきの悪い男は、面倒くさい地雷踏んでしまったなぁという顔をしている。


「いいか? これだけは言っとくぞ。僕はあのエビゴン様退治、見てて全然楽しくなんてなかったからな! 覚悟決めて出撃した時も、内心、関われて嬉しいなんて思ってなかったからな! なかったからな!」


「ああ、うん、わーったよ」


 そこまでまくしたてて、ようやく公人は落ち着いた。


 今日、エビゴン様騒動の際、ずっと頭の片隅でモヤモヤしていたことをようやく吐き出せたとあって、その顔は少しばかり晴れやかになっている。


 目つきの悪い男は、肩で息をする公人を少し休ませてから、


「そろそろ、こっちのターンに移ってもいいか?」


「……ああ、多少なら話を聞いてやってもいい」


 反動で湧き上がる羞恥心を抑え込みながら、公人は平静装ってそう返した。


「あンだけの熱弁やってもらって悪いンだがな、俺の用件は、これだけだ」


 その男は懐から小さなビニール袋を取り出し、公人に放った。両手でキャッチする。


「なんだ、これ」


 見た目は普通のビニール袋だ。白く不透明で中身は見えないが、その形から、なんとなく、推測はついた。


「本か?」


 サイズ的にハードカバーではない。恐らく中に入っているのは文庫本だろう。


「ご明察」


「嫌な予感しかしないな。僕はこれをどうすればいい?」


「本は本だ。読むだけでいい。命と引き換えに願いが叶うとか、ンな代物ではねぇよ」


「感想文の締め切りはいつだ?」


「なるはや」


「ちなみに、もしも僕がこの本を読まずに捨てたりしたらどうなる?」


「どうもこうもねぇ」


 目つきの悪い男は、こともなげに言い放った。


「そんときゃ、テメェを殺すまでだ」


 その言葉がどこまで本気なのか、公人にはわからなかった。



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ここからが本筋なんです。

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