シーン18 衝撃の事実

『全校生徒の皆さんに緊急連絡です。校舎近辺の河川で、謎の巨大生物の出現が確認されました。現在、街を破壊しながらこちらへ向かってくるようです。避難誘導をしますので、至急、生徒の皆さんは校庭に集まってください。繰り返します…………』


 スピーカーから教頭らしき声が聞こえた。

 その声からは実に人間くさい焦りの色が感じられ、事態は逼迫しているのだと理解することができる。


 しかしそんな状況に対し、公人の心は実に穏やかだった。非現実的なものを見すぎて脳が処理落ちしてしまっているとも言える。


「手塚くんの言ったとおり、避難指示が出たわね。行かないの?」


「なんか行く気になれない」


「それはよかったわ。一人で残るのは寂しいもの」


「……全部、君の言った通りになったな。この世界が『物語』なら、そろそろ敵が現れる――その通りになった。そして、愉快なお仲間たちは本当になんらかの能力者だった。君は預言者なのか?」


「いいえ。神託なんて受け取っていないわ。ただ、そうだったらいいなと思っていただけよ。いろはたちが力を使うところも、初めて見たわ」


「嘘だろ」


「本当よ」


「じゃあ君は……なんの証拠もなしにあいつらの言葉を信じていたのか? 言葉だけなら、虚言にも程があるぞ。失笑ものだ」


「そうね。実のところ、半信半疑だったわ。願望という私情込みでも6対4かしら。だから、私も今、すごく驚いているの」


「僕はもっと驚いてるけどね」


「せっかくだから、みんなの活躍を拝見しましょう」


 言って、高嶺は公人に双眼鏡を差し出した。

 プラスチックではなく革張りの、高級感を醸し出すデザインだ。2つある。


「えらく準備がいいな」

「ふしぎ発見には必需品よ」


 二人して双眼鏡を目に当て、窓の外のエビゴン様を探す。

 丸く切り取られた視界の先を何度か動かし、街で大躍進の真っ最中なエビゴン様を発見した。


「おいおい。エビゴン様は善神じゃなかったのか? どんどん瓦礫の山が出来ていくぞ。あっ。パチンコ屋が踏み潰された。玉を大放出してる」


「幸いにして、人を襲っているようには見えないわ。餌を探してるってワケではなさそう」


「だとすると、この蹂躙はアレか? 神の怒りってヤツか? 進みすぎた文明に、鉄槌を下す的な」


「可能性は否定できないわね――でも、その振り下ろされた拳から人々を守るのが、みんなの役目よ」


 エビゴン様の巨大な御体に立ち向かう三つの小さな影がある。彼らは、一様に特別な力を持つ、人と街の守護者なり。


 真城目は電柱や車を瞬時に飛ばしてエビゴン様を足止めし、いろはは様々なモジュールを展開し果敢に突撃、ピュアブラックは広範囲に及ぶ羽の壁のようなもので降り注ぐ瓦礫の山を跳ね返していた。


「頑張ってんなぁ、あいつら」

「さすがは、『物語』における登場人物たちね」


 高嶺の何気ない感想を耳にして、公人の眉がぴくりと動く。


「高嶺さん。そのことに関して、一つ、言いたいことがある」

「なにかしら」


 横で高嶺が動く気配を察知して、公人は先手を打つ。


「ああ、こっちを見なくてもいい。あいつらの活躍を見物したままでいよう。所詮、ダンゴムシの戯言だから」


 公人は続けた。


「君はこの世界が『物語』であり、自分を『メインヒロイン』、そして僕を『主人公』だと言ったな。大変申し訳ないが、それだけは否定させてもらう」


「どうして?」


「エビゴン様という珍妙な危険生物が現れたことは確かに驚きだ。いろはや馬場園、真城目が本当に特別な力を持ってたことにも仰天した。でもそれは、この世界が僕らの想像以上に摩訶不思議で、法則の底が深かったってだけの話だ。非現実的ではあるけれど、認めざるを得ない現実ではある」


「非現実的なら、それは『物語』と言っていいんじゃないかしら」


「違うね。絶対に違う。確信を持って言える」


「我思う故に我あり、みたいな理由かしら?」


「それもあるけど、もっとメタ的な理由だ。もしもこの世界が本当に『物語』で、僕が『主人公』、君が『メインヒロイン』なら……」


 公人はそこで、双眼鏡から目を離し、天井を仰いだ。目が疲れたのだ。



「今ここで、僕らがこうして、エビゴン様が退治されるってのをただ見てるだけなんて……そんなの、話としてつまらないだろ」



 公人は続ける。


「仮に作者がしがないweb作家だとしても、そんな話作りにはしないだろうな。読者がついて来てくれるとは思えん」


 実に、痛いところを突かれてしまったな。


 確かに現在、巨大怪獣が出現してバトルの見せ場が到来しているというのに、そちらに全く目も向けず、主人公とメインヒロインの会話劇に大きく文量を割いてしまっていることは認めよう。


 下手をすると、活劇を期待する読者の期待を裏切っているのかもしれない。


 しかし、そもそもそういった読者には誠に申し訳ないが、ジャンルが違うとしか言えない。


 この物語のジャンルは見せ場のはっきりとした異能力バトルものではなく、ふしぎな出来事が起きたりもする青春ジュブナイルなのだから。


 さて、などと言い訳しているうちに、高嶺もまた、双眼鏡から目を離し、公人を見た。


「じゃあ、私たちがエビゴン様のところへ行って、なにか活躍をすれば……手塚くんはこの世界が『物語』であると、自分が『主人公』であると認めてくれるのね?」


「僕は何があっても行かないからな。『主人公』になんてなりたくない」


「前から聞きたかったのだけれど、どうして手塚くんは、自分が『主人公』であることを否定したがるの?」


「前に言ったはずだ。僕は、『主人公』の器じゃない」


「そのお話の先を聞きたいわ」


「嫌だね」


「いじわる」


「今更なにを」


 そこで一旦会話は途切れ、再びエビゴン様VSキテレツ異能力者たちの応援上映が始まった。


 とはいっても、繰り広げられているのは、質量爆弾と異能力が交差する熱いバトル展開ではなく、エビゴン様による被害をなんとか食い止めようとする防衛戦である。

 そもそもエビゴン様は、ちくちく攻撃を飛ばす三人など意にも介していないようだ。


 そうこうしているうちに、雲行きが怪しくなってきた。


「あ、まずい。エビゴン様が街の北西部に向かって動き始めた」


「どうしてまずいの?」


「……僕の帰る家があるんだよ」


「それは大変ね。うちに泊まる?」


「くそう。真城目のやつ、普段あんだけ大口叩いているくせに、メチャクチャ苦戦してるじゃないか」


「民間人への被害は食い止めているようだけれど……、防戦一方。エビゴン様に対する決定打がないようね」


「さすがにサイズの差が大きすぎるのか」


「エビゴン様の甲殻はモース硬度10を超えるわ。ダイヤモンドをかち割る硬さよ。生半可な攻撃は通らないわ」


 そこでふと、公人は疑問を抱く。


「なんで君、そんなにエビゴン様について詳しいんだ。民話にしたって、僕、名前を聞いたこともないんだが」


「それはそうだと思うわ。だって、エビゴン様は私が考えたオリジナルの神様だもの」


「えっ」


「えっ」


 しばらく、沈黙が流れた。

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