シーン14 現実的に考えろ

「高嶺くん! あの巨大なエビのことを知っているのか!」


 皆の視線が高嶺に向けられる。彼女は表情一つ変えず、こくりと頷いてから、


「エビゴン様……またの名を、ウシトラエビ様は、簡単に言うと、海の豊穣神みたいなものよ。不漁が続いて民が飢える時、海から姿を現し、そして、そのプリプリの御身を自ら民に捧げるという……とてもありがたい神様よ。まさか、実在してたなんて」


「うむ! 聞く限り、自己犠牲の精神に溢れた良い神様ではないか! そして美味そうだぞ!」


「あまりそういう風には、見えないけどな」


 ついに土手下に上陸を果たしたエビゴン様の全貌は、遠目で見ても異様であった。


 赤橙色の甲殻や長い触覚、くるんと曲がった尾っぽなど、外見的特徴は、縁起物として極稀に食卓に登場するイセエビによく似ている。


 しかし、多数の脚を蠢かせて地を這い、物珍しそうに触覚で電波塔を撫でるその姿は、端的に言って、恐怖そのものだ。


 しかもエビだというのに、ザリガニのような大きな鋏を携えており、人程度ならば簡単に寸断できてしまうのではないかという嫌な想像までつく。


 太古の昔から地中に潜り込んで息を潜めていたのなら、起きぬけに早々、誠に申し訳ないところであるが、


『アイツ タオシタ ホウガ ヨクナイカ?』


 公人もそう思った。


「待つんだいろはくんよ! そんなに血の気が多くてどうする! よく見たまえ! 未だ街には何の被害も出ていないではないか! いかに外見が恐ろしい巨大生物といえど、共存の道があるのならばそちらを選ぶべきだ! エビゴン様はこの街の財政を救う、新たなる観光資源になるやもしれんのだぞ!」


 しかし現実は非情であった。


 ぐおおおおおおおおおおおお!


 一体何がエビゴン様の逆鱗に触れたのか、はたまた何かフラグが建ったのか、その巨体は急に動き出し、その巨大な鋏を横薙ぎにした。


 スローモーションのような横殴り。


 これまでエビゴン様の興味を惹いていた電波塔が、哀れ、横っ面殴られ、べきりと折れた。


 鉄骨が砕け、電線が千切れ、火花が飛んだ。


「……エビゴン様、思いっきり、破壊活動しちゃってますねぇ……」


「うむ! ああなっては討伐せねばならんな!」


 真城目は腕組み仁王立ちスタイルを崩さずに言い放つ。無敵かコイツ。


「ちなみに高嶺くん! あのエビゴン様は倒してしまっても大丈夫なヤツかね? 退治したことで呪い的なものが噴出するようならば、別解を考えなくてはならんのだが!」


「エビゴン様は、元々自ら食されに行くような神様だから、きっと問題ないと思うわ」


「であるならば話は早い! いろはくん! 馬場園くん! 我ら異能力者三人、いざ出陣の時だ!」


「わ、わかりましたぁ……ううぅ……近くで見て、うえってならないかなぁ……」


『イエス サー』


「待て待て」


 珍しく、公人が自発的に動いた。

 とはいっても直立不動。語気を若干強めにしただけだ。


「そろそろ言わせてもらうぞ。お前ら、馬鹿か? なんでこの状況で、自ら危険に向かうような真似するんだよ。っていうか、どう考えてもおかしいだろこの状況! なんだあのいかにも特撮みたいな怪獣は! 非現実的にも程がある!」


「怪獣じゃないわ。エビゴン様よ」


「……じゃあ、そのエビゴン様だがな、百歩譲って認めるよ。認めるしかないよ、実際いるんだから! 自然界で突然変異した大型個体で、餌を求めて街を暴れ回ってるってことにしようや! だがな、僕らは至って普通の高校生だ! 現実を見ろよ! あのデカエビのところに行ったって、被害の数と迷惑を増やすだけだ。だって……、」


 公人はそこで、一瞬言葉に詰まる。

 認めることが、嫌だとでも言うように。


「だって、僕らには何の力もないんだから!」


 公人の大声に、部屋はしんと静まり返る。


 そこでようやく、公人は、自分が腹から声を発していたことに気がついた。

 急に羞恥心が湧いてくる。何を熱くなってんだ。


 しかし今更吐いた唾を戻しようもなく、仕方がないので二の句を継いだ。


「……頭を冷やしたなら、向かうなんて馬鹿な真似はよすんだ。たぶん、そろそろ校内放送で避難指示が出る。それまでは大人しく待機だ」


「実に現実的な思考だな、手塚くんよ」


 珍しく語尾にエクスクラメーションマークをつけず、真城目が言った。

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