シーン8 ダンゴムシたる所以

「このカツサンド、材料からこだわって作ったのよ。いろはにもぜひ、食べてもらいたいわ」


『キモチ ヤマヤマ タダ クチガネェ ムリ』


「こう……ビデオデッキの差込口にガッと押し込んだらいけないかしら? ガッと」


『説明書に記載のない用途以外でのご使用は、故障の原因になりますのでご遠慮ください』


「あたりちゃんはどうかしら?」


「ありがたいんですけどぉ……すいません、最近わたし、固形物が喉を通らなくってぇ……」


「それは心配ね。なにかあったの?」


『ダイエット?』


「いやぁ……大したことじゃないんですけどぉ……ちょっと、魔女の仕事が忙しくて、魔力の流れが悪くなってて、食欲がないっていうかぁ……」


『リンパガ トドコオッテマスネェ マッサージ シマショカ?』


「すごいわいろは。あなたにそんな機能があったなんて」


『ミー ハ バンノウ ナンデモ ゴザレ』


「じゃあカツサンドを」


『ソレ イガイデ』


「むぅ。つまり、この大量のカツサンドは、私と手塚くんで全部食べるしかないということね」


「……まぁ、ありがたく頂くよ」


 高嶺とその愉快な仲間たちfeat.公人は、教室の中央にある机を囲んで、それぞれ昼食を食べていた。


 公人と高嶺は向かい合う形で山盛りのカツサンドを頬張り、隣の馬場園はパックのゼリー飲料をゆっくりと吸い、いろはは斜め前にて延長コードで繋がれたコンセントから給電している。


 女子三人(あるいは二人と一体)と一緒に昼食を食べるという、公人の人生で最も華やいだ時間を過ごしているというのに、彼の胸中には微塵も嬉しさというものが湧いてこない。


 むしろ、意味不明な奴らに取り囲まれているという緊張感が止まらない。


 きっと、鬼の宴会に巻き込まれた瘤取りじいさんもこんな気持ちだったろうな。

 いや、あいつは鬼の前でダンスを披露できる陽の者だから、この気持ちは伝わらないかもしれない。


 などと、くだらない妄想を膨らませながらカツサンドを頬張るのが精一杯で、公人の口は先程からほとんど咀嚼のみに用いられている。


「…………」


 そして、緊張感の要因はもう一つ。


 高嶺が、先程からじーっと公人を見つめているのだ。


 その目はなにかを訴えていたが、きらきら輝くハイライトから意味を見出すことは、コミュニケーション能力が皆無の公人では難しかった。


「あの、高嶺さん、何か?」

「……いえ、別に。なんでもないわ」


 明らかに、声のトーンが下がっている。

 もしかすると自分は無意識のうちに何かやらかしてしまったのではないかと背中に汗が伝う。


 どこかにヒントはないかと視線を泳がせたところ、高嶺の横で、いろはが画面に文字を写しているのが見えた。


『カンソウ イエヨ カス』


「あっ」


 カンペの助け舟を確認した公人は、慌てて頬張っていたカツサンドを飲み下し、ちょっとつかえて涙目になりながらも、


「た、高嶺さん! このカツサンド、めちゃ美味しいよ。えっと……そう、肉の火の通り方が絶妙っていうか、ジューシーっていうか、とにかく、素材の良さを十分に発揮していると思う!」


 コミュ障特有の制御が聞かない大声を張り上げ、しどろもどろな感想をなんとか口にした公人。


 微塵も食欲をそそられない拙い食レポであることは重々承知の上だったが、今の彼ではこれが精一杯だった。


 しかし高嶺の表情は、それでもぱあっと明るくなった。


「喜んでもらえて、本当によかったわ。コンマ数秒の気も抜かず、火加減を調節をした甲斐があったわ」

「それは、頑張ったね。うん。すごいと思う」


 高嶺の表情のルクス度が上昇したのを見て、公人の体から力が抜ける。しかしそれは安堵というより、がっくりと肩を落としたような姿だ。


 まさかこんなキテレツな空間で、しかも機械に、自分の人間性が欠如していることを指摘されるとは思いもしなかったのだろう。


 公人の顔が羞恥と自己嫌悪で赤くなる。


 ああ、恥ずかしい。なんて情けないんだ。


 ともすればこのまま自己卑下のクローズドサークルに飛び込んでしまいかねない公人だったが、その時。


 教室の戸が勢いよくバァンと開き、腹の底まで響くような胴間声が轟いた。


「いやぁ! 遅くなってすまなかった! なにぶん、購買が混みに混んでいたものでね!」


 その聞きなじみのある大声に、公人はむしろ安堵さえした。

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