シーン9 超能力者は声がデカい

「今日の争奪戦も実に壮絶だった! 日に日に苛烈さが増しているような気さえするな! 第二次性徴期の成長速度というやつには、驚嘆の念すら覚えるよ! しかぁし! 我が異能を持ってすれば、購買部人気ナンバーワンの特盛カルビ丼を手に入れるなど容易いことだ! ただ、いつもより時間はかかったがね!」


 腹式呼吸をフル活用したその大声は、公人のネガティブ思考を吹き飛ばすには十分すぎるインパクトだった。


 そりゃあ、奇人変人の集いなんだから、こいつはいるよな。


「こんにちは、真城目くん。今日も元気ね」


 突然ずかずかと教室に入り込み、公人の左隣にどかりと腰を降ろして大股広げたこの男の名前は、公人もよく知っていた。


 真城目まきめじょうは公人のクラスメイトである。


 外見は、すらっとしたスタイルの良い男だ。顔も、分類上は優男の顔つきに属するのだろう。


 何が楽しいのかわからないが、常に不敵な笑みを浮かべている。


 それでも黙っていれば素直に好感度を稼げる顔の良さだが、所構わず大声を出して周りの人間を威圧してしまうので、友人と呼べる存在は未だ確認できない。


 彼のデフォルトポーズは、腕組みをして大股広げた仁王立ちスタイルで、それはたとえ全校集会の場であっても崩れることはない。


 公人が奇人変人と聞いてまず真っ先に思いつくのが、何を隠そう、この長身の大声男だ。


 なぜなら彼は、自称「超能力者」であり、それを常に誰にともなくアピールしているからだ。


 彼の口から放たれる頻出単語は「超能力」だの「悪の組織」だの「未知のエネルギー」だの、電波を帯びた厨二病が好みそうなものばかりだ。


 授業中に突然立ち上がり、


「むむッ! 悪の組織め! 白昼堂々校内へ攻め入るとはいい度胸だ! この私がいる限り、校内の平和は乱れぬと知れ!」


 と喚きながら教室を出ていく光景はもはや日常茶飯事と化しており、生徒はもちろん、あらゆる教科の担当教師が知らぬ存ぜぬを決め込む事態となっている。


 これで成績は毎回高嶺に次ぐ学年二位なのだから、真面目な生徒ほど「やってらんねぇ」と愚痴をこぼすことだろう。


 そんな真城目は横にいた公人の存在を確認するや否や、


「む? 君は……我が級友、手塚公人くんではないか! なるほど! 高嶺くんの言っていた『主人公』とは君のことだったのか! いやあ、なんたる偶然! まさか『主人公』や『メインヒロイン』とこうして飯が喰えるなど、思いもしなかったぞ! 身に余る光栄だ!」


 などと喚いた。


 一般人であれば確実におちょくられているとわかるセリフだが、こと真城目に至っては本心からそう言っているのだと確信できる。


 なんせ、彼の奇人っぷりはもはやエンターテイメントの域に達してしまっているほどなのだ。嘘などつかないしつく必要がない。

 その証拠に、彼の目は少年のようにキラキラと輝いている。


「ま、真城目せんぱぁい……申し訳ないんですけどぉ……もう少し声のボリュームを落としていただけるとぉ……」


「あいや、すまない! これでも抑えめにしているつもりだったのだがな! 私もまだまだ精進が足りんようだ! 超能力については制御は完璧なのだがな! ふははははは!」


「うえぇ……頭がガンガンするぅ……」


『ウルセェ』


 その意見については公人もまったく同感だったが、同じクラスにいるせいで自然と大声に対する耐性がついてしまっている。おかげで三人よりは鼓膜とストレスのダメージが少なかった。


 高嶺が大声に気圧されながら、それでも健気に口を開いた。


「そんな元気な真城目くんに提案なのだけれど、私特性のこだわりカツサンドはいかがかしら?」


「む。見るからに美味そうだな。さすが高嶺くん! 料理もお手の物というワケか!」


「お一つと言わず、いくらでも食べていいわよ」


「ああ! 魅力的な提案ではあるが、断らせていただこう! 泣いて馬謖と腸を斬り裂く思いだ! なぜならパンでは力が出ん! 米だ! 我が能力は米でなくては真価を発揮できんのだ! すまぬ、すまぬぞ高嶺くん! 君の選択に落ち度はない。憎むべきはこの世にはびこる悪そのもの。私が超能力を発揮せねば平和を保てぬこの世界にあるのだ!」


 言いながら、真城目はレジ袋から特盛カルビ丼を取り出し、きちんといただきますしてからガツガツと喰い始めた。


「そう……それはとても残念だわ」


 高嶺は本当に残念そうな顔をしながら、机の上にまだ半分残ったカツサンドの山を見た。


「手塚くん」

「はい」

「美味しい?」

「とても美味しいですよ」

「いくらでも食べていいわよ。育ち盛りなんだから」

「そろそろお腹一杯になってきました」

「私もよ」


 しばしの沈黙が二人の間に流れた。やがて高嶺が口を開いた。


「不覚よ。完全に作る量をミスってしまったわ」

「そうだね」


 二人とも、既に油がキツくなっていた。


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