シーン7 いろいろ大きな魔法少女

「……まぁ、いいや。とにかく、早いところ昼食にしよう」


「そうですねぇ。わたしもそろそろ、中に入りたいですよぉ……」


「うッおッ!」


 いきなり頭上から聞いたことがない声がしたので、今度は、公人の心臓が口から飛び出しかけた。


「あら、あたりちゃん。こんにちは」


 背後に立っていたのは、公人よりも頭一つ分背の高い女子生徒であった。


 確実に特注品だとわかるサイズの制服に収められたパツパツの肉体や、触手のようにうねりまくって手入れのされていない癖っ毛は、どこか雨に濡れた犬を思わせる。


 飼い主に無理やり服を着せられ、散歩中に雨に振られたサモエドあたりだろうか?


 かろうじて、顔に添えられた分厚いレンズの黒縁メガネが、文明人の名残を見せていた。


 公人の目線の高さにあるリボンの色から、どうやらこの背丈にして学年は一つ下らしい。


「えへぇ……こんにちはぁ……」

「今日はあなたもここでお昼なのね。歓迎するわ」

「ありがとうございますぅ。どうも、教室では居場所がなくってぇ……」


 冬眠明けの熊に出くわした登山者のごとくフリーズしていた公人だが、ようやく心臓の鼓動が正常値に戻りつつあった。


 よくよく冷静になると、その目立つシルエットを幾度か見かけたことを思い出す。


 校舎の廊下を背中丸めて歩く後ろ姿。

 図書室でちんまい文庫本を読んでいる後ろ姿。

 タイヤに悲鳴を上げさせながら自転車で坂を下っていく後ろ姿。


 一目で他者と区別がつくという意味で、妙に印象に残っていた女子生徒だ。


 しかし、彼女の周りに同年代の女子が並んでいた姿はついぞ見たことがない。


 類推するに、どうやら、彼女は公人と同じく陰の者であるようだ。

 その覇気のない口調と、誰とも目を合わそうとしない挙動不審さにはシンパシーすら感じた。


 だが、と公人は疑問に思う。


 彼女の名前は知らないが、容姿以外に特に目立ったところはないはずだ。


 何故、彼女は高嶺の集いにいるのだろう?


「手塚くん。紹介するわ。彼女は馬場園ばばぞのあたりちゃん。ご存知の通り、魔法少女よ」

「……魔法、少女?」


 最後のクエスチョンマークには、「ご存知」という点にも「魔法」という点にも「少女」という点にも向けられていた。


 馬場園の外見を再度見る。


 西洋の神話に登場しても大立ち回りを演じられそうな巨体や、うねり髪、隈だらけで濁った瞳にそばかすなどの要素は、メルヘンな魔法少女というよりは、むしろおどろおどろしい悪霊のようであり、現代社会に少しでも馴染もうと体のリサイズ化を図る八尺様と言われたほうがしっくりくる。


「あぁ……えーっとですねぇ……高嶺さんの言葉には、語弊があってぇ……」


 恥ずかしそうに頬を染めながら目を泳がす馬場園。そうだ。語弊がなくてもらっては困る。


「魔法少女じゃなくってぇ……魔女、なんですよねぇ……」


「ああ、なるほどね」


 ようやく公人は合点がいった。


「なるほど」


 どうやら、彼女もまた、奇人変人の一人であるらしい。

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