シーン6 ブラウン管な付喪神

「着いたわ。ここが、私たちが普段使っている拠点よ」


 高嶺に案内された空き教室は、公人たちのクラスがある本棟から渡り廊下一つ隔てた別棟、美術室や音楽室のあるエリア、しかもそこの四階にあった。


 滅多に使われることのない場所なので、流石に他の生徒の姿もなく、廊下は昼間だというのにどことなく暗い印象を受ける。


「さぁ、どうぞ」


 空き教室なので鍵がかかっていてもおかしくなさそうだが、高嶺はそれが当たり前であるかのようにガラリと引き戸を開いた。左手で、お先にどうぞと中を指す。所作の随所に気品というものが感じられる。


 奇人変人の巣窟に飛び込むとあっては、抜け落ちてしまわないように度肝の栓をしっかりと固定しておく必要がある。公人は深呼吸を一つして、空き教室の中へと踏み入った。


 内装は、化学の授業で使う特別教室と大差なかった。


 上下スライド式の黒板、空っぽの薬品棚、分厚い遮光カーテン。


 床に固定された大きな机には、水流が凄まじいことでおなじみの蛇口や、ガス栓が備え付けてある。椅子は、長時間座ると尻にダメージを負う丸椅子だ。


 公人は隅々まで見渡してみたが、人っ子一人見当たらない。気合を入れた割に、これでは拍子抜けだぞと思ったところで、


『オカエリ』

「わぁ」


 横を向いて、驚いた。


 入り口近くに鎮座していたのは、今や旧時代の遺物と化したブラウン管テレビと、それを載せた色落ち冷蔵庫であった。


『ナンダ キャクカ?』


 そこまでなら空き教室に放置された古い備品のセットであると理解できる。


 しかし、ブラウン管テレビはまるで人が顔を向けるように、くるりと回転し、こちらに灰色の画面を向けたのだ。


「いろは。今帰ったわ。お留守番どうもありがとう」

『チヒロ オカエリ』


 そうしてもって、そのブラウン管テレビは、画面にオレンジ色のドット文字を表示して、こちらとコミュニケーションを行うのだった。


 動作制御と音声認識と返答AI。


 最新の薄型ディスプレイであれば、こういったやり取りは珍しいとも思わないが、見るからに重そうなブラウン管でそれをされると、時代と技術のギャップに脳がバグりそうになる。


「高嶺さん。これは、一体なんだ」


 かろうじて姿を見かけたことのある奇人変人の類は予想していたが、こんなトンチキな物体については完全にノーマークだったので、公人は素直に尋ねた。


「あら。手塚くんは知らないの? この学校の七不思議の一つよ」


 なぜオーバーテクノロジーを発揮する型落ち家電に対してその単語が出てくるのか、公人には理解ができない。


「知らないな。あいにく情報のツテがないもんで」


「簡潔に言うと、この学校には、魂の宿った道具たちがいて、夜な夜な飲めや踊れのダンスパーリィをしているというお話よ。いわゆる、付喪神というやつね」


「こいつがそうだと? 付喪神にしちゃあ新しすぎないか」


「きっとこの子は付喪神界の優等生で、飛び級したのよ。それでね、このお話には続きがあって、生徒に危険が生じた時は、その身に秘められたオカルトサイエンティックな力を発揮して、助けてくれるんだとか」


「へぇそうなんだ聞いたこともなかったよそんな話」


 僅かな文量に数々のツッコミどころを見出したが、いちいち反応していては身が持たない。


 公人はいろはの存在について、ガワだけレトロなスマートスピーカーみたいなものであると脳内解釈し、スルーを決め込むことにした。


「なんでいろはなんだ。どこに仮名文字の要素がある」

「知らないわ。彼女がそう名乗ったんだもの」

「彼女? 驚いた。機械にも雌雄の別があるんだな」

『シツレイナ』

「加湿器は男の子で、除湿機は女の子って感じしない?」

「考えたこともないよ」


 高度に抽象化された下ネタかと一瞬思ったが、適当に受け流すことにした公人である。

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