能無し

しゃむ

1.


 

 とある会社の営業部。中学、高校、大学と続いた親友と同じ会社に入り、同じ部署に所属した。二人で切磋琢磨し合い、時には叱られ慰め合い、順調に業績を積んでいる最中だ。まぁ俺よりアイツ佐藤の方が営業に向いていて、踏んだ場数は到底追いつけそうには無いのだが。


 そうして学生として、また社会人として苦楽を共にしたからよくわかる。最近のアイツは、変だ。


 どう変なのかと聞かれても、変なものは変なのだ。何だか幼稚になったというか……アイツはずっと業績のトップを走り続けていたのに。最近になって途端に業績が落ち始めたのだ。


 

「あのねぇ佐藤君……。この間までの調子はどこ行ったの?せっかく君の実力を信頼して大手への開拓を任せたのにさぁ。なのに、何?信頼を失った上に手ぶらでヘラヘラと帰ってきやがって!!どうしてくれんだよ、うちの会社!!」

「すみませぇん」


 ゆらりと頭を下げて謝罪。謝っている割には何と言うか、機械のように平坦で、口先だけのような。

 

「それで本当に反省してんのか!?してねぇだろ、あぁ!?おい!!」

「してませぇん」



 でしょうね……。


 というか、普通の社会人なら例え本心でもそんなこと言わないだろう。どんなに怒鳴られても本人はうすら笑いを浮かべたまま顔色一つ変えないし。こっちは怒られていないはずなのに自分が叱責されているかのような気持ちになる。


 

「チッ……この能無しが!!!」


 何を言われても同じ声色の佐藤に、ついに上司が折れた。






 昼休み。今日こそ、佐藤の身に一体何が起こったのかを暴いてやる。コンビニ弁当を持った親友を捕まえ、半ば強制的に手を引き人気のない日陰を選んで腰を下ろす。が、やはり口を開くのが何となく億劫で、それを誤魔化すように買ってきたおにぎりを頬張った。佐藤も気にすることなく弁当を食べている。



「さっき上司すげぇ怒ってたな」

「うん」

「ていうか、あんなこと言うお前もお前だぞ。いくら本心でも言っていいことと悪いことがある、って……お前、そんな奴じゃなかっただろ」

「うん」


 どうも話が噛み合っているようには思えない。何か別のモノと会話しているようで不気味だ。

 

 

「……なぁ佐藤。何か悩みでもあんのか?」

「なんで?」


 ぎこちない持ち方の箸を止め、さっきから一ミリも変わらない表情のまま疑問が返ってくる。


「何でって……。何かあるんだろ。疲れてんのか?」

「ううん。このまえもきみに言われて有給とったでしょ。つかれてないよ」



 確かに。つい一週間前、コイツの身を案じて有給を取るように言ったんだった。こうなる前は言っても休まなかったから。今回も渋ると思ってあれこれ説得内容を考えたが、言われるまますんなり休んだものだから少しだけ拍子抜けしたんだっけな。



「じゃあ何だよ?……わかった、何か特別嬉しいことがあったんだろ。昔からそうだもんな、お前すぐ浮かれるし」

「ないよ」


 佐藤にしては珍しく食い気味に返事を被せられて再び違和感を覚えるも、こちらに向いたその顔色は何一つ変わらない。

 

「いいことないよ」


 何だ、ネガティブ発言なんて、らしくない。


「ないの」

「……あぁ。確かに最近のお前は叱られてばっかだし、業績トップも他のやつに奪われたけどさ。まだまだこれからじゃん!なあ、何かあるなら話せって。俺ら親友だろ?」


 そう言い切ると、少し上がっただけの佐藤の口角は徐々に下がりやがて無表情に変り果てる。何だ、やはり何かあるではないか。コイツは昔からそうだ。ストレスを溜めに溜めてから一気に爆発するタイプ。定期的に話を聞いてガス抜きをしてやらないとな。

 


「――ないの」


 ……無い?


「ここにないの」

「とられたの」

「あいつに」



 胸ぐらを、縋り付くように掴まれる。膝に乗せていた弁当をお構いなしに地面に放って。

 言葉はわかるはずなのに意味がわからない。


 何が無い?何を、誰に取られたって?



「のうみそ」



「…………は?」



 脳みそ?


「ない。とられた。だからおれはこうなった。からっぽの"のうなし"に」

「おいっ、待てって……。何だよ、脳を取られたって!?そんなことあるわけないだろ!」

「うそついてない。ほら」 


 どういう訳か頭頂部を綺麗に外し、中身を俺に差し向けた。

 

 ――無い。

 

 空洞だった。今度こそ意味がわからない。コイツが何を言っているのかも、何も。


「いまのぎょうせきトップののうみそ、おれの。あいつにとられた。ぜんぶ」


「なっ……だから、何言ってんだよ……!?お前おかしいって!そうだ、病院行こう!そしたらお前の脳みそも返ってくるかも!俺も付き添うから……なぁって!!」


 掴まれた胸ぐらから一気に力が加わり、頭が地面へと思い切りぶつかる。

 脳が揺れる。頭から血が出てるのではないかと思うほど痛い。

 

「おれの、かえしてほしい。けど"のうなし"にはできない。だから、」


 無表情のままこちらを見下ろして、俺の頭へとゆっくり手を伸ばす。



「あ。」


 何をしようとしているのかきづいたころには、もうおそかった。


 

「――ごめん、岩倉。少しの間、借りるね」




 ******




「やっと佐藤の調子が戻ったと思ったら……。今度はお前か、岩倉?」

「すみませぇん」




 

 

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能無し しゃむ @nekocat222

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