第24話 継承と残り時間

 冥の持つ魔法は、砕け散っていない、完全な形としての魔法だった。


 魔法の種類は違うが、心根の魔法でさえ、断片級になると、一人でテロを起こせるまでの力を得るのだ。それが完全な形で残っているとしたら、その魔法の持つ力は想像を絶するほどだろう。

「そんな力を持って、なんであんなに大人しいんだ……」

 ふと、そんな疑問を漏らした。

 俺でなくとも、少しでも世の中に不満を持っている人がその力を得ることがあれば、手段は違えど、自分の好き勝手に行動するだろう。そこまでの強大な力があれば、俺たちのようなエンドストップでも太刀打ちすることは不可能だ。

 だが、俺たちと対峙した冥は、抵抗することなく大人しく拘束を受け入れていた。

 そんな疑問に、刀義は呆れた様子で答えた。

「そんなにバカなわけないだろう? あの子は、力を使うべき時を理解して、あの魔法を使ってる」お茶を一口飲み、続ける「あの子は賢いからな」

 そこまで聞いて、俺は一つ、冥と話している時に感じた違和感について思いだした。


「あの子は賢いからな」……そう、冥は、年齢の割に落ち着きすぎている。


 一か月間一緒に暮らしていて感じたことだが、冥は、言動には子供っぽさが見られるものの、挙動に年齢以上のを覚えることがあるのだ。

 俺はそれを、何か魔法に関係があるかもしれないと感じ、刀義に質問をする。

「そういえば、俺は冥から、年齢以上の大人しさを感じることがあります」

「ほう……?」

「あの歳の子なら、それをとして片付けることもできるかもしれませんが……」

「冥のは、意図的にそうしているように見える、と?」

「そうです。あまりにも、精神的に成熟しすぎているように感じます」

 俺の質問を聞き、刀義は少し感心しているように見えた。

 何がそんなに面白いのか分からないが、ニヤついたままこちらを見つめている。なんだこのジジイ。彼が俺の言葉に真面目に取り合っていないと感じた俺は、納得させるために再び口を開く。

「本当です! 冥は、思春期真っ只中の学生とは思えないほど落ち着いてます! なんなら、今の俺よりも精神年齢が高いように感じました」

「分かった分かった。怒鳴るなよ」

 ヒートアップした俺を、刀義はニヤケ声でそう言い、諫めてくる。

 まだ話したいことはあるが、どうやら俺の疑問に答えてくれる気になった刀義の言葉を待っていると、少し神妙な面持ちで語りだした。

「それに答えるにはまず、魔法の対価について話す必要がある」

「対価……魔力、とかですか?」

「そうだな、ゲームの中ではそうだ」

 刀義のその言葉には、少し含みがあった。つまり、魔力が対価ではないのだろう。

 俺は、続く彼の言葉を待つ。

「人間の体には、魔力は存在しない」

「なら……何を対価に?」

「言うなれば……人格といったところだろうか」

 少し表現し辛そうにしながら、刀義はそう言った。

 俺はよく理解できず、少し間をおいて聞き返す。

「魂……ということですか?」

「違うな、そんなぼやっとしたもんじゃない」

 俺の頭が悪いせいか、全く理解することができない。

 俺は頭を飛行機のエンジンよりも速く回転させながら、刀義の言葉の意味を理解しようと試みる。


 その刀義も、俺が理解できるように言葉を選んでくれていた。

「個人的な心理性……とか?」

「分かんないです」

「人の意思そのもの、とか」

「分かんないです……」

「えっと────はぁ、もう魂でいい……」

「あっ、はい」

 説明するのが面倒くさくなったのか、ため息と共にそう告げられた俺は、少し気分が沈む。


 気を取り直し、魔法の対価を「魂」と認識した俺は、そわそわと刀義の言葉を待つ。

「魔法は持っているだけでも対価を要求される」

「持っているだけで!?」

「もちろん、発動した時もな。その上で」

 そう前置きし、再びお茶を飲んだ刀義は、暗い表情で続ける。

「魔法を一切使わずにいた場合、気を保っていられるのは二十年だ」

「二十年……」

「あの子はあまり魔法を使わないが、使うときはでかい魔法をポンポン使う。残り時間は、あと三カ月もないだろう」


「その間に魔法を使うと、さらに減るけどな」と言葉を付け足し、刀義は口を閉じた。

 その話を聞き。俺は嫌な予感を覚えた。その時間を過ぎればどうなるかは明言されてないが、絶対に良いものではないだろう。


 心臓の鼓動が高まる。

 どんなことを聞いても受け止める気でいたが、これからする質問への返答を、俺は受け止めることができるか心配になる。

 しかし、彼女を助けになるには、知らなければならない。

 俺は、おそるおそる口を開いた。

「その期間を過ぎると……どうなるんです?」

「意思の消失、人格の消滅……ああ、魂の崩壊と言ったほうが分かりやすいか?」

「それは、つまり────」

「肉体的ではない、精神的な死が訪れる。あと三カ月以内にな」


 冥の助けになりたいと思っていた。目を治療し、命も救ってもらったから。

 だが、そのどうしようもない事実に、俺は茫然とすることしかできなかった。

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言霊のアミュレット 科威 架位 @meetyer

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